前回の記事で、労働対価を得る為に私たちが貴重な時間を消費している事、またそれにも関わらず低賃金な現状が多く見られ、満足の行く生活が送れなくなっている事について言及しました。
今回のお話は前回からの続きになりますが、主に生活困窮者を対象にしております。
生活の余裕のある方には当て嵌まらないかもしれないので、そのつもりで目を通して頂ければ幸いです。
それでは、なぜこのような状況を私たちは看過しているのでしょうか。
確かにお金を稼がなければ生活出来ませんし、仕事がなくなれば生計が立てられなくなるという現状があります。
しかし、だからと言って、過酷な労働条件下で働く必要はありませんし、安い賃金で生かさず殺さずのギリギリの生活を送る必要もありません。
それは、社会的に不利な条件下にある人たちを囲い込んで飼い殺しにするための雇い主の思惑に過ぎません。
要するに社会的弱者であるが為に弱みを握られ、その事を利用されているのです。
また、私たちは社会的弱者であるが故に、労働現場の現状に声を上げることも出来ず、甘んじてその現状を受けて入れてしまっている事が殆どです。
恐らく殆どの人は雇用主に逆らったら解雇され、行き場をなくす事になると考えておられることでしょう。
これが若者なら、次の仕事を見つけられるかもしれませんが、40台以上の中高年になると、再就職するのは年齢的にも体力的にも厳しくなるという現状があります。
よって、酷い仕打ちを受けても彼らはじっと耐え忍んでいるのです。
最近では各自治体で相談窓口を設け、問題の解決に乗り出しましたが、企業側に労働者を不当に扱う事についての罰則規定がない為、注意勧告は出来ても実効性に乏しいというのが現状です。
法律を改正し、この件について罰則規定を設けない限り、この先同様の事例は後を絶たない事でしょう・・・。
しかし、まずは声を上げなければ私たちの生活改善は望むべくもありません。
行政を動かさなければ、仕組みそのものを変える事は出来ませんからね。
もっとも、それはこの現状をこれからも受け入れ続ける場合の話ですが・・・。
そもそも、なぜこんな不利な条件で私たちは働かなければならないのか。
嫌なら働かなければいいだけの話です。
働く権利は労働者に認められた権利ですから、使用者が困ろうがどうしようが、そんな劣悪環境で働かなければいいのです。
本来ならこんな行為は不当労働行為に当たるはずですが、労働者側で大人しくしているものだから、使用者側はそれに乗じて行為をエスカレートさせているのです。
これではますます使用者側の思う壺です。
従って、期せずしてこのような状況に陥っている事を考えると、労働に従事するという事について考え直すことも必要になってくるものと考えます。
果たして今の世が必ずしも雇われて仕事する必要があるのかという事です。
昔と違って今は情報技術の発展により、ネットに繋がっているPC一台あれば、世界のあらゆる場所に瞬時に情報を発進出来る時代です。
むしろ、PCでなくても携帯でもスマホやタブレットでもネットは可能です。
つまり情報の流動化により、時、場所を選ばず、私たちは得たい情報をほぼどこからでも手に入れる事が出来るようになり、また発信することも可能になったのです。
この事により、私たちは働く事においても、会社組織に捉われる事なく、その気になれば自宅で起業する事も可能になったのです。
実際に起業して成功者となられている方が沢山おられますからね。
もっとも、実際に起業するとなるとそれなりのリスクが伴うので、そう簡単には行きませんけどね。
やはり起業するとなると、ある程度の資金、知識、経験が求められるので、何も持たない人では成功する事はかなり厳しいと言わざるを得ません。
それでは、私たちのような一個人でも気軽に始められ、誰にも雇われる事なく、ノーリスクハイリターンで稼ぐことの出来るものは一体なんでしょうか。
もう既にその答えをお知りの方もおられる事と存じますが、次回はその事について触れていきたいと思います。
