山奥の木漏れ日。水草がささやく音。
西瓜を割ると、まとわりつく蟻たち。
ぷつり。
丁寧に振り払いたいのに、
ついつい力んでしまう。
命を一つ、消してしまった。
それでもおばあちゃんは、何一つ
怒らなかった。
【短編小説】ぼくのマーメイド
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(前編)
「サトル、模試の結果どーだった？」
「全然ダメ。全部E判定だった。」
「そうか、俺もやっと滑り止めがDとかだわ。」
「お前らいい方だぞ。俺なんて、名前間違えて判定なしだ」
「それはお前、ちょっと違うんじゃねぇか（笑）」
僕たちは今、受験勉強というものに最も必死にならなければならない。
今の努力の成果が、将来の自分に大きく関わってくるらしい。
夏の暑さもほのかに和らぎ、透き通る風が、僕たちの残念な結果を慰める。
そんな予備校からの帰り道。
僕らのような運動部は、最後の大会があり受験勉強に出遅れるのが常だ。
これは仕方のないこと。
しかしそうは言っても、そのハンデは紛れもなく重くのしかかっていた。
そのハンデを背負いながらも、直向きに努力する仲間たち。
その反面、僕は中々集中して勉強に取り組めないでいる。
Bスケは話を合わせてくれたが、実際アイツはちゃんと取るべき結果を出している。
C男はああやってとぼけて、みんなを笑わせてはいるが、
アイツは掴み用のない天才肌。いつも何故だか、大きな結果をちゃんと残していく。
ガチャリ。
「ただいま」
僕は決まりが悪いと言わんばかりに、逃げるように自室へと向かった。
最近の我が家は、居心地がめっぽう悪い。
父は帰りが遅く、毎晩何をしているのか分からない。
母はそのせいか、はたまた僕の受験を気にかけているからか、いつも不安そうな顔をしている。
母に会うと、必ずこう言われるんだ。
「ちゃんと勉強してるの？ゲームなんかやってないでしょうね」
僕にはその言葉が、父のようにならないでくれと聞こえる。
巣に戻るや否や、ノートパソコンを開く。
「〜２秒で恋に落ちる、二次元恋愛チャットアプリ〜パラレルカノジョ」
最近、このゲームにハマってしまった。
メッセージを打ち込むと、リアルな文章が返ってくる。
少し値段がするのだが、会話のリアルさには驚いた。
(チャット中...)
こんなところで一人で大丈夫ですか？
引っ越してきたばかりで、まだ全然慣れてなくて....
よかったら道案内してくれませんか？
.................
次の週末、一人暮らしの家具を一緒に買いに行ってくれませんか？私一人だと、荷物も大変ですし...
..................
受験勉強、頑張って下さいね！
...................
僕は１日１時間、このゲームをプレイしている時だけ、嫌なことを全て忘れることが出来た。
ピューっつ。
ドン。
今日は花火大会か...。
グレーのため息が、僕の部屋に陰鬱としたモヤをかける。
皮肉にも花火の音が、その影を一層際立たせた。
みんな結果を出してるのに、僕だけが何をやってもダメ...。
BスケもC男もD一郎もE田も、みんな今日はシャーペンを置き、夏の思い出の中。
リビングに行けば母があの呪文を唱えてくる。
クラスには、僕の仮面を取ってさらけ出せる場所もない。
部活も結局あんまり活躍できないまま引退を迎えてしまった。
せめて、第一志望には合格したい。
今日は時間を延長し、画面の中の美咲ちゃんと花火を見て過ごした。
人生は思った以上に単純。努力した者が上に昇っていく。
だけど、心は思った以上に複雑。
頑張りたいのに、
いや、頑張ってるのに、
不安とか、焦りとか、その他もろもろ外部の環境のせいで、
心を、かき乱される。
僕は合格できるのかな、美咲ちゃん...。
そして高校最後の夏も呆気なく過ぎ、10月を迎えた。
残念なことに、模試の結果をまたしても落としてしまった。
そしてもっと残酷だったのが、友達はみんな成績を伸ばしていたことだった。
母の機嫌は、竹が空から降ってくるように悪くなり、父はもう僕を見捨てているようにも思えた。
友達は、僕の養分をまるで吸い取っていくようだ。
比例して、ゲームへの時間は長くなっていった。
そして、財布の中も悲惨なことに。
このゲームは課金制で、１メッセージにつき400円かかる。
高校生には、とてもじゃないけど長く楽しめない金額だ。
大人への嫌悪感と、自分への嫌悪感、その両方が浮き彫りになっていく。
頑張りたいのに、頑張れない。
いや、頑張ってはいる。これでも平日は４時間。休日８時間は机に向かっている。
皆と同じくらい頑張ってる筈なのに...。
報われない毎日だが、それでも平然とした顔で明日はやってくる。
「浪人」
その最悪の結末が、現実のものになろうとしていた。
美咲ちゃん。僕、浪人するかもしれない。
そうなんだ...。浪人しても、私はずっと応援するよ！
ありがとう。頑張るよ。
11月。僕の先月のクレジットカードが15000円を超えていたことが発覚した。
僕は、高い参考書を買ったと嘘をついた。
母に怒られるかと思ったが、不思議と今回は信じてくれた。
「お参りにでもいってきたら？」
母の絞り出した優しさも、
正直全く乗り気ではなかったが、罪悪感から足を運ぶことにした。
母がお参りに行けと言ったら、行く神社は決まっていて、
亡くなったおばあちゃん家の近くの神社だ。
大変古く、山のふもとにひっそりと鎮座する小さなお社なのだが、
お母さんもおばあちゃんも、大切にしていたことは記憶に残っている。
耳を突き刺すような冷たい風。
冬を待つ、11月の大きな寒空に足がすくむ。
僕の人生は、もう自分の力ではどうにもならないのかもしれない。
自転車を漕ぎながら、風に乗る落ち葉を見てそう思った。
僕って、本当に第一志望に合格したいんだっけ？
志望校を下げれば、楽になれるんじゃないか....。
諦めて楽になりたい。
アイツらについていけない。
神社の手前の、一番大きな木の下に自転車をつける。
顔を見上げても先が霞むほど、大きくて太い木々。太陽の光がわずかに反射する。
でこぼこ道を歩くと、大小様々のランダム石に足をぶつける。
煩雑な小屋。倒れかけた木の看板。茶色を帯びた小さな鳥居。
呼吸する空気、たたずむ自然の色、全てがゆっくりとした時間の中で確かな存在感を放っている。
街中はあんなにモノトーンなのに、ここでははっきりと、色の輪郭を受け取ることが出来る。
ほっ。
少しだけ、気が楽になった。
おばあちゃんは他に何一つ指図することはなかったが、
必ず手水をしなさいと言った。
水は全ての罪、穢れを洗い流してくれるのだと。
僕は眠る記憶を叩き起こしながら、手水をし、
然るべき順番でお参りをして、
何となく、財布にあった全財産を投げた。
453円が、からんころんと音をたてた。
二礼、
四拍手....
目を瞑る。
僕の罪って何だろう？
模試の成績を落としてしまったこと。
お母さんに、嘘をついてしまったこと。
友達に、仮面をかぶっていること。
受験生なのにあのゲームをしていること。
ああ...
そんなこと言ったって僕だって精一杯やってるよ。
変わらない毎日に、楽しみを見つけたかった..。
...
逃げ場が欲しかった......。
「あのーっ....。」
はっ！！
後ろから確かに人の声が聞こえた。
さっきまで誰もいなかったのに、僕以外に参拝者が？
恐る恐る
振り返ると、
「美咲ちゃん.....！！！」
(つづく)
※※
新曲公開に伴って、また短編小説を書いてみました。
今回は少し長くなって、前編後編と分けています。
・前編 8/31(火)
・後編 9/1(水)
・新曲 「竜宮ロック」 9/2(木)
で公開していきます！
よろしくお願い致します。