沙也夏がどうしてそんなことを言うのかわからなかったが、健太自身は助かった。どちらかというと、スラックスよりもジーンズのほうがしっくりくる。それに、このブラック・ジーンズは健太の大のお気に入りだ。今年の夏のライブでもはいていて、実に気持よかった。これからライブの時は、いつもこのブラック・ジーンズでいこうかと思っている。
そのジーンズに合わせて、なかに着るシャツはイタリアン・レッドにした。黒と赤だったらなかなかしまると思った。それにジャケットもブラック。そして、コートはキャメル・カラーだ。
ジャケットとコートを着る前に、健太は念入りに歯をみがき髭を剃った。それから髪を整え、鏡を見て自分でゴーサインをだす。そこでジャケットとコートを着て、ギター・ケースを持った。
このギターはジョンから借りたものだ。
健太はなんとなく気持がせかされるように、アパートを出た。
外は日が暮れ始めていた。今の時期というのは太陽が沈むのが早く感じられる。時計は午後四時を越えたところを指していた。
健太は駅へ向かった。
沙也夏の家にはライブの夜以来行ったことがなかったので、道をあまり覚えていない。
健太はタクシーを拾うことにした。二台のタクシーが駅裏に客待ちしていたので、先頭のほうへギター・ケースを抱え込むようにして乗り込んだ。
行く先を告げると、運転手は車を発進させた。健太はタクシー代がけっこうかかるなと思ったが、今日ぐらいはいいだろうと思い直した。
「もう今年も終わりですねぇ」
運転手が話しかけてきた。
「そうですね」
健太は窓から街の風景を見ながら、相槌をうった。
「今日はクリスマス・イブだから渋滞してるかもしれませんよ」
「かまいません。時間はありますから」
喋り好きの運転手のようだ。
「お客さんはこれからクリスマス・パーティーですか?」
「えっ、なんで?」
「だってギター持ってるから。デートって感じじゃないよね」