シルバストーンの空に夕陽が射してきた。レース中の雨は嘘のようにどこかへ去ってしまったようだ。エディのグリーンのレーシング・スーツもオレンジ色に染まり始めている。そろそろ、各チームとも帰途の準備で慌しくなってきていた。
沙也夏も帰る時間なのだが、エディの後ろ姿に釘づけになり、動けないでいた。それにしても、沙也夏には分からなかった。どうして二位になったドライバーがクビにならなければいけないのか。確かにエンジンを壊してしまったのは悪い。だが、ドライバーも死にもの狂いで戦ったのだ。それを認めてやってもいいのではないかと、他のチームながら少し腹立たしい思いがしていた。
エディの気持を考えれば、ここは早く立ち去ったほうがいいのかもしれないが、沙也夏はなぜかエディと話したかった。
エディはボブが立ち去ったあと、微動だにしなかったが、ふと空を見上げて大きなため息をついた。そしてふいに後を振り向いた。
沙也夏たちと目が合うと、ちょっとびっくりした様子だったが、急におどけた口調で言った。
「これは、これは。愛しのお嬢様。シャンパンのお味はお気に召しましたかな」
「このヤロー!わざと・・・」
沙也夏はトニーを手で制して言った。
「とても素敵なお味でしたわ。なーんて、言うと思った?シャンパンとはいえ、水びたしにされて」
「怒った顔もいいねぇ。でもな、俺はほんとに祝ってもらいたい奴にしかシャンパンはかけないんだよ」
「そういえば、まだおめでとう言ってなかったわね。でも・・・・今はあんまり・・・嬉しくないでしょ・・・」
「そうか・・・。聞いていたのか・・・」
「私には分からない。どうして二位になったのにチームを去らなけければいけないの?あれだけの走りをしたのに」
「ボブも変わっちまった。以前のあいつなら、今日の走りを見たら抱き合って喜んだだろう。だが、今は個人の走りよりもチームのことが優先らしい。ボブも、もとはレーシング・ドライバーだった。まあ成績はあんまり芳しくなかったらしいけどな。だから、俺はボブを信じて、三年間一緒にやってきた。ボブなら分かってくれると思っていた」
そこまで言うと、エディはひと呼吸おいた。
まわりが騒々しくなっていた。各チームがモーター・ホームの移動を始めたらしい。だが、沙也夏とエディの間には、その騒々しさも無関係だった。
エディの金髪が風に揺れていた。その風を心地よく受けながら、ブルーの瞳を沙也夏に投げかけて再び話し始めた。
「俺は今日分かったことがある。それはレーシング・チームにはふたつのタイプがあるってことだ。ドライバーをチームの一員として見てくれるチームとただの走る道具としか見ていないチームだ。悲しいけど、ボブはここ最近、俺を道具としか見なくなったってことだな」
「そ、そんな・・・」
沙也夏はモーター・スポーツの現実をみた気がした。すべてを賭けて走っているドライバーが、ただの道具だとは。心のどこかで何かが崩れていく感じがした。
「あんたはいい人だな。俺の話を真剣に聞いてくれている。レーシング・ドライバーを三年もやってると、人の心ってのが読めるようになってくる。レース中の駆け引きってのが当たり前になってくるから、日常でも心を読んじまう。これが度が過ぎると人間不信になるんだ。おっと、そろそろ引き上げる時間だな」