「でも谷川さんって、人が見てようと見てまいとあまり歌い方は変わらないんじゃない?」と沙也夏は健太の顔を覗き込むように言った。

「さすがっすね。そのとおりなんっすよ。健さんは、ライブの本番前はめちゃめちゃ緊張してるんっすけど、実際ライブが始まると自分の世界に入っちゃうんっすよ。だから俺なんか、健さんとリーダーにグイグイ引き込まれるような感じなんっす。沙也ちゃんは見るべきところは見てるなぁ」
「こらっ、淳之介!失礼だぞ。初対面の人にちゃんなんて」と健太は淳之介を睨んだ。
「まあいいじゃない、健太。淳之介は気に入った人を気軽に呼ぶんだから。なかなかいないわよ、こういう奴は。沙也夏さんも健太とことを谷川さんなんて呼ばないでいいわよ。私なんか、健太でいつもとおしてるから谷川さんってのを聞くと、変な感じがしちゃう」
「そういえば、純子さんも敬語あまり使いませんね」と沙也夏も、この場の雰囲気に慣れてきたようだ。
「あ、ごめんなさい。そう言われればそうね。このふたりの影響なのよ」
「人のせいにしないでください」と淳之介が口を挟む。
「純子さんと谷川さん・・・じゃなくて、健太さんは同じ会社なんですか」
「うん、そうよ。一応、健太が先輩なんだけどね」
「一応とはなんだよ。これでも二年先輩なんだぜ。まあ、いろいろ世話になってるのは事実だけど・・・」
「そうよ。遅刻はごまかしてやってるし、ランチもたまにおごってるじゃない。大体逆じゃない、こういうことって。だけど、ノルマはちゃんとあげてるとこは、認めてますから」
「あ、言うの忘れてた。遅刻で思いだしたけど、私が病院に連れて行ってもらった時、会社遅刻したんでしょ。ほんとにすみません」
 沙也夏は急に真顔になって、テーブルに頭がつかんばかりに謝っていた。
「いいんですよ、もうその話は。あの時は・・・」と健太が話そうとしたら、また純子が口を挟んできた。
「いいの、いいの。健太の遅刻は日常茶飯事だから。あの日も私がうまくごまかしておいたから」
「健太さん、いい後輩もって幸せですね」
「いい後輩というか、頭が上がんないんだ。純ちゃん、そういじめるなよ」
「分かればよろしい」