本当にTシャツは残りが少なかった。そういうのを見ると、人間の心とは欲求がわくもので、健太はTシャツを取ろうとした。
 その時だった。健太の取ろうとしたTシャツに、もうひとつの手が重なった。きれいな手だった。健太は思わず〝手の主〟を見た。
 当然女性だった。その女性も健太の方を見ていた。健太はどこかで見た顔だなと思っていたのだが、女性の方は健太の顔を見て驚いた顔をしていた。そしていきなり大声をだした。
「あぁっ!やっぱり来てたんですね!」
健太は今夜のコンサートの事を誰にも言っていない。誰だろうと思いながら、キョトンとしていた。
「ほら、私ですよ。大雨の時に助けてもらった・・・」
「えぇっ!あの〝捻挫の君〟なの!」と健太も大声をだしてしまった。

健太と彼女はお互いを見ながら呆然としていた。
「あのぅ、お客さま。他のお客さまのご迷惑になりますので、お早く決めてほしいんですが・・・」と販売員が困った様子で言った。
「あぁ、すみません。じゃ、このTシャツ」と言って、健太は代金を払った。そしてTシャツを彼女に渡した。Tシャツは残りが一枚だったのである。
「買うつもりだったんでしょ」と健太は彼女に言った。
「いいんですか。ありがとうございます。この前は助けてもらい、今日は譲ってもらって。迷惑のかけっぱなしですね」
「いいんですよ。それより、びっくりしました。まさか、こんな所で逢うなんて・・・」
「私は逢えるような予感がしてたんです。今夜のコンサートにひょっとしたら来てるんじゃないかなと思ってました」
「予感?何で?」
「そのことについては食事でもしながらお話ししません?ここはそろそろ退散した方がよさそうだし・・・」
なるほど、ロビー内は人がまばらになってきたようである。
「私の知ってる店に行きましょうか。この前のお礼もしたいから」と彼女は先に歩きだした。
 健太は、こんなチャンスは滅多にないと思い、彼女の誘いにのることにした。