ロビーでは、TシャツやCDなどが売られていた。

ロビーに来ている人々は、思い思いの服装で、あと数十分で始まる〝夢の時間〟の前のひとときを楽しんでいるようだった。
 健太はソファーに座り、その様子を眺めながら、物思いにふけっていた。
〝不思議なもんだ。ひとりのアーティストのために、同じ時間にこれだけの人が集まるなんて・・・それも、たったひとときの時間を過ごすために〟
 そう。ここはコンサート会場なのである。とは言っても、そんな有名なアーティストではない。いわゆるヒット・チャートを常に賑わしているのではなく、自分のスタイルにこだわり続けているアーティストである。だから聞く側も、〝彼〟の音楽にこだわり続けて聞いている人が多い。
 もちろん健太もそのひとりだ。健太は〝彼〟の音楽が好きどころの騒ぎではない。作詞するきっかけを作ってくれた大切なアーティストなのだ。
 健太の作る詞には風景がよくでてくるが、これは〝彼〟の影響するところが大きい。健太が一番最初に〝彼〟の歌を聞いた時、その情景が目に浮かんだものである。
 そして〝彼〟から一番影響を受けたのは、ストーリー性のある詞を書こうというところである。ストーリー性のある詞を書けば、健太自身がそうであったように、聞く人によってストーリーを思い描くことができると思ったからだ。〝彼〟がいなければ今のバンドで歌っていることはなかった、と健太は思っている。
 健太は今夜のコンサートを楽しみにしていたので、珍しく会社に早く行き、デスクワークを午前中で片付け、午後から外回りを適当にしてきた。外回りといっても、得意先を三件ぐらい回って来ただけで、後は喫茶店で時間をつぶしてた。だから、今日の注文は当然のことながら全然(!)である。うかつに注文など取ろうものならコンサートなど間に合うはずがない。今日は(今日も?)仕事よりもライブである。