何をかくそう、ここは小谷商事の応接室であった。
健太は課長と一緒に新任の挨拶に来ていたのであった。
担当課長は、なかなか現れない。
健太は時間を持て余し、また絵を見た。
じっと見ていると、ストーンズの曲が聞こえてくるようだった


 健太がそんな物思いに耽っていると、目の前に一枚の名刺があった。
はっとして健太は我にかえった。課長が睨みつけている。
「谷川君、何をぼやっとしている!さっさと挨拶せんか!」と課長は小声では言っているが、かなり怒っている。そうなのだ!健太が絵に引き込まれている間、すでに相手の担当課長は来ていて名刺を差し出していたのだ。
「し、失礼しました!私は営業二課の谷川と申します。よろしくお願い致します」と冷や汗をかきながら名刺を差し出した。
 健太は皮肉のひとつでも言われるかなと思ったのだが、意外な言葉が返ってきた。
「この絵がお気に召したようですね。音楽が好きなんですか?」
 これがヒロシとの出逢いだったのである。
ヒロシの第一印象は、ずばりイケメンという感じだった。喋り方もはきはきしており、イエス・ノーをはっきり言うタイプだった。〝女にも、もてるだろうなぁ〟と健太は場違いなことを思った。
 それから、その日は仕事の話は十分そこそこで終わり、ヒロシが課長に担当者(もちろん健太である)とじっくり話したいということで、課長には先に帰ってもらった。

その後、健太は早速新商品の商談をしようと思い、資料を見せたのだが、ヒロシは手を振って、こう言った。
「そんなの後回し。それより、どうしてこの絵が気に入ったのか、教えてほしいな」
「はぁ。と、とにかく文句なしにかっこいいですね。キースが動とするなら、ロンは静ですね」
「そうだろう!やっぱ、わかる人が見ればわかるんだよなぁ。待ってたんだ、この絵のことをわかる人が現われるのを。絵の技法なんかじゃなくて、どんなに感じたのかを聞きたかったんだ」とヒロシは少々興奮気味だ。


 ヒロシはさらに、絵にスタンドの光を当てて言った。

「光の当てぐあいで感じが違うだろう。キースに光を当てると、キースが弾きまくっているようだし、ロンに当てたら、独特のリズムが聞こえてきそうに思えるんだ」
 ヒロシは仕事なんかほったらかしで、絵のことに夢中だ。さすがの健太も、唖然としてしまい、次第にヒロシの話に乗せられた。ふたりはまるで古くからの友人のように話していた。
それから、絵のことから音楽の話に夢中になり、軽く二時間をオーバーした。