外に出ると、いちだんと寒さが増していた。頬に北風が容赦なく吹きつけた。
 健太は西通りから親不孝通りに向かった。さすがに人はまばらで、名物のストリート・ミュージシャンもいなかった。

 

 公園に入り、ベンチに腰掛けダウン・ジャケットの衿をたてた。
〝さすがに寒いな。でも、この寒さは今の俺にとっては心地いい。この三日間というもの、よく泣いたな。女のためにこんなに泣くなんてことは、もうないかもしれない。しかし、沙也夏も苦しんだろう。苦しんだ末の結論だ〟
 健太は、ようやく沙也夏のことを客観的に見れるようになっていた。

〝彼女は俺と逢うことは、ひとつの歌だと言っていた。その歌を終わらせたくないために、もう一曲だけとリクエストしたわけだ。だが、いつかは歌は終わる。いや、終わらせなくちゃいけなかった。彼女は夢から覚めて、現実に戻っていったんだ。悲しいけど、俺はそれを受けとめなくてはいけない〟


 健太はベンチから立ち上がり、空をあおいだ。もうすぐ陽がのぼるなと思った。
〝沙也夏。きみのことは今日限りで思い出にするよ。きみは愛することの喜びと苦しみを教えてくれた。ありがとう。そして、さよなら〟
 健太は沙也夏に、今初めて決別した。だが、健太は気づいてなかった。沙也夏が健太にさよならと言わなかったことを。沙也夏が健太と再び逢えると、信じていることを。
 ふたりはまた逢えるかもしれない。それは、ふたりのこれからの生き方にかかっている。


 健太は公園を出て、歩きだした。そして、ふと思った。
〝鹿児島もこんなに寒いかな。久しぶりに帰ってみよう〟

ふるさとのことを思うと、なぜかおだやかな気持になった。
 遠くで甲高いバイクの音が聞こえていた。 (終)  



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「ワン・モア・ソング」は、今回で終わりです。

長い間、購読いただいた皆さん、ありがとうございました。

感想などをコメントいただければ、嬉しいです。


新しい作品も、近いうちに連載する予定です。

また「ワン・モア・ソング」の続編も、ただいま執筆中です。

果たして、完成はいつのことやら…

    

「圭子。今日はすまなかった。変にからんだりして・・・それと、圭子の気持嬉しかった。だけど、今の俺には・・・」
「いいのよ。私は自分の気持を言っただけ。それと、はっきりしたことがあるの」
「はっきりしたこと?」

「私、ヒロシとどうなるか分からないけど、健太のバックでピアノを弾くことはやめないわ。今夜の歌を聞いて思ったの。健太の歌は人の心を動かすものをもっている。それが分かった」
 圭子の言葉を聞いて、自分はひとりじゃないんだなと思った。
「ありがとう。じゃ、もっともっと詞を書かなくちゃいけないな」
健太がそう言うと、一台のタクシーが停まった。
「それじゃ、またね」
「ああ。気をつけて帰れよ」
 健太は圭子の乗ったタクシーが見えなくなるまで見ていた。


 店に健太が戻ると、マスターはステージでギターを抱えていた。
「あれっ。めずらしいね、マスターがギターを弾くなんて」
「たまにはね。健ちゃん。ちょっとジャムろうか?」
「そんな急に言われても。楽譜もないのに・・・」
「楽譜ならあるよ」
 マスターは健太に数枚の楽譜を渡した。
「あ!これ俺たちの曲じゃないの!」
「そう。それを弾き語り風にちょっとアレンジしてみたんだ」
「なるほど。これならやれそうだな。よし、やろうか!」
 それから、健太とマスターのジャムセッションが始まった。
やりはじめると、健太もマスターも夢中になった。
数曲やる予定が大幅に狂って、何十曲とやってしまう羽目になってしまった。終わったのは朝方だった。
時計を見ると、なんと六時だった。四時間も演奏していたことになる。

健太はマスターに丁重に礼を言って、店を後にした。

圭子の言葉は健太の心にしみた。またも涙がでてきそうだった。
「精一杯か・・・精一杯、人を好きになると、涙ってとまらないものだな。人を好きになってこんなに泣いたのは初めてだよ」
「それは勲章だよ。涙は人を愛したことの勲章」
 マスターがふたりを見渡すようにして言った。
「マスター、いいこと言う。そういえば、大人になればなるほど泣くなんてことはなくなっていくわ。それは悲しいことなのかもしれない」
「ふたりとも追い出すわけじゃないけど、時間はいいの?もう二時になろうとしてるよ」
「ああ。もうこんな時間か。圭子、明日仕事なんだろ?帰ったほうがいいんじゃないのか?」
「それは健太もでしょ。まさか、また休むつもりじゃないでしょうね」
「心配するな。これ以上休むと、課長からなんて言われるかわかんねぇよ。いや、課長よりも純ちゃんかな」
「そうそう。純子なら言いかねないわよ」
 ふたりともようやくいつものペースに戻ってきた。
「じゃ、健太も少し元気がでてきたようだし、帰るわ。健太はどうすんの?」
「もう少しいる。マスター、いいかな?」
「ああ、いいよ。でも、仕事大丈夫?」
「平気だよ。二日も寝っぱなしだったから。じゃ、圭子にタクシー呼んでやって」
 〝ロコ〟はどんなに遅くなっても、タクシーは呼べるようになっている。どこか、つてがあるらしい。
健太は圭子をビルの下まで送っていくことにした。
入口の付近でタクシーを待つことにした。