第八章 怪童新入社員トップ3
― 常識を破壊した新人たち ―
未公開の人物観察列伝として、これまで出会った数々の新入社員を振り返る中から、特に印象深かった3人を厳選して紹介したい。
偶然にも、今回登場する3人は全員が同じ年に入社した10名の新人たちの中から選ばれた人物である。
時代は平成初期とだけ記しておこう。
トップバッターとなる第三位は、村井君(仮名)である。
通称「タイソン」。
筋力トレーニングが趣味で、首の太さからして只者ではない。
スーツの上からでも筋骨隆々とした体格が分かるほどの若者だった。
彼の怪童ぶりが最初に炸裂したのは、新人歓迎会の席である。
当時は新人の恒例行事として、一人ずつ前に出て一発芸を披露する慣習があった。
順番が回ってきた村井君は、臆することなくこう宣言した。
「僕の一発芸は力自慢しかありません。ですので、先輩方の中で一番体重の重い方を持ち上げてみたいと思います」
会場が一瞬どよめいた。
すると体重85キロを誇る先輩営業マンが、「よし、やってみろ」と名乗りを上げた。
全員が固唾をのんで見守る中、村井君は先輩を抱え込むと、まるで赤ん坊を持ち上げるかのようにヒョイと軽々持ち上げてしまった。
その瞬間、場内は大歓声に包まれた。
拍手が鳴り響き、カメラのストロボが次々と光る。
新人歓迎会は一気に最高潮へ達した。
この一発芸によって、村井君は先輩たちから一躍可愛がられる存在となった。
しかし、その後の営業人生は意外な展開を迎える。
実は私は入社当初から、「彼は営業には向いていないかもしれない」と感じていた。
理由は明快だった。
集中力が続かないのである。
商談準備や事務作業になると落ち着きがなくなり、5分もするとそわそわし始める。
じっと座って考える仕事よりも、体を動かし続ける環境のほうが明らかに適性があった。
その予感は一年後に的中した。
彼は営業職に見切りをつけ、家業を継ぐ道を選んだのである。
実家は運送会社を経営しており、父親が社長だった。
毎日体を使い、現場を走り回る仕事こそが彼の本領だったのだろう。
あの怪力と行動力を考えれば、むしろ当然の選択だったのかもしれない。
今頃は二代目社長として、その持ち前の豪快さと実行力を存分に発揮していることだろう。
第二位 江藤君(仮名)
第二位は、第三位の村井君と同じ年に入社した新人、江藤君(仮名)である。
彼もまた、新人歓迎会の一発芸で怪童ぶりを見せつけた一人だった。
このエピソードを語る前に、当時の会場の規模感を少し説明しておきたい。
一部上場企業の全体行事ともなると、その会場は100人以上を収容できる大型ホールで開催される。
ステージには照明が当たり、マイク一本で会場全体の空気を支配できる。
演者の力量次第で熱気も歓声も何倍にも膨れ上がる、そんな独特の空間であった。
その日の一発芸大会で、江藤君はオオトリとして登場した。
新人たちの出し物がひと通り終わり、会場の期待が高まる中、彼は落ち着いた口調でこう語った。
「人気芸能人のものまねが得意ですので、披露させていただきます」
そう言って最初に始めたのが、当時絶大な人気を誇っていた久保田利伸の『流星のサドル』だった。
イントロが流れた瞬間から会場の空気が変わった。
歌声だけではない。
振り付け、表情、身体の動き、そして独特の雰囲気までもが本人そっくりだったのである。
まるでミュージックビデオから本人が飛び出してきたかのようだった。
特にサビに入った瞬間は圧巻だった。
私は笑いが止まらず、腹を抱えていたことを今でも覚えている。
会場全体も大爆笑と大歓声に包まれた。
あちこちでどよめきが起こり、カメラのストロボが次々と光る。
まるで新人歓迎会ではなく、プロの芸人によるステージショーを見ているかのような盛り上がりだった。
そして彼は、その勢いのまま次々とものまねを披露していった。
記憶では10人近い有名人を演じていたと思う。
残念ながら今となっては久保田利伸以外の顔ぶれは思い出せない。
しかし、はっきり覚えていることが一つある。
とにかく驚くほど似ていたのである。
その才能は間違いなくプロ顔負けだった。
営業成績は飛び抜けていたわけではないが、堅実に結果を残す営業マンへと成長した。
その後、尊敬する先輩が独立したことを機に、その先輩が立ち上げた会社へ転職した。
結婚し、子供が生まれたことを知らせる年賀状も数年間届いていた。
やがて交流は途絶えてしまったが、あのステージで会場を熱狂の渦に巻き込んだパフォーマンス力を思えば、今頃も持ち前の明るさと表現力にさらに磨きをかけ、どこかで活躍しているのではないだろうか。
第一位 高木君(仮名)
第一位は、忘れもしない。
入社わずか一か月でパパになった男、高木君(仮名)である。
正確には、入社直後に結婚と父親になる人生のレールを一気に駆け抜けていった怪童であった。
実は私自身も周囲からはスピード婚と言われた人間である。
初デートから挙式まで七か月。
当時としてはかなり早い部類だった。
しかし、その私でさえ驚愕した男がいた。
それが高木君である。
彼は小樽で設備会社を営む家の御曹司であり、容姿も抜群だった。
当時人気絶頂だった氷室京介によく似た端正な顔立ちで、女性社員の間でも密かに評判だった。
営業三課へ配属された後、私は歓迎も兼ねて高木君をすすきのクラブへ連れて行った。
今では時代も変わったが、当時は先輩が後輩を連れて夜の街へ繰り出すことも珍しくなかった。
その夜、高木君の隣についたホステスと彼はすぐに意気投合した。
私は私で指名していたホステスとの会話を楽しんでいたため、二人を特に気にしていたわけではない。
ただ、ふと視線を向けるたびに、二人だけの世界が出来上がっていたことは鮮明に覚えている。
酒席特有の賑やかさというよりも、不思議なほど自然な空気だった。
そして翌月。
高木君が興奮気味に私の席へやって来た。
「先輩、ちょっと報告があるんです!」
その表情はいつになく真剣だった。
「どうした?」
すると彼は満面の笑みで言った。
「実は今度の休みに入籍することになりました!」
私は思わず声を上げた。
「えっ!? 本当か!」
さらに彼は続けた。
「結婚式は挙げませんが、入籍だけ先に済ませます」
ここまでは驚いたものの理解できた。
しかし次の一言で私は完全に固まった。
「相手は先輩も知っている人です」
その瞬間、頭の中に一人の女性の顔が浮かんだ。
まさか――。
私は思わず身を乗り出した。
「おい、待て。まさか、あの時の、あの店の……?」
高木君は照れながら笑った。
「そうです」
私は椅子から立ち上がる勢いで叫んだ。
「すごいじゃないか!」
気が付けば彼の肩を何度も叩いていた。
営業成績の報告でもない。
昇進の話でもない。
だが、その時の私は心の底から驚き、そして祝福していた。
あれほど短期間で人生を大きく動かした新人を、私は後にも先にも見たことがない。
さらに驚いたのは、その二か月後だった。
私の自宅に一枚のはがきが届いた。
そこには高木君、奥様、そして三歳になる娘さんが並んだ家族写真が印刷されていた。
「結婚しました」という報告はがきだった。
私はその写真を見ながら思わず笑ってしまった。
新人として入社してきたと思ったら、あっという間に一家の大黒柱になっていたのである。
なお、高木君とは一つだけ約束があった。
二人の出会いが夜の店だったことは社内では伏せておいてほしい。
私はその約束を守り続けた。
それもまた先輩後輩の義理というものだった。
あれから長い歳月が流れた。
あの時三歳だった娘さんも、今では立派な大人になっているはずである。
もしかすると結婚し、親になっているかもしれない。
高木君が今も変わらず幸せな家庭を築いているなら、それだけで十分である。
私の記憶の中で彼は、間違いなく「最速で人生を駆け抜けた新人社員」なのである。

理想郷工房・二十四節気編 白露
満月が静かに里山を照らし、実りの恵みと人の温もりが交わる白露の夜。
梨の香り。
土の匂い。
灯りの向こうから聞こえる笑い声。
大きく育ったカボチャを囲みながら、人々は語り合い、分かち合い、ゆっくりと季節を味わっていく。
その傍らには、家族を見守るレトリバーとコリーの優しいまなざし。
便利さに追われる日常の中で、どこか忘れかけていた「日本人の原風景」を思い出させてくれる作品です。
二十四節気「白露」をテーマに、月光・収穫・人情・スローライフのぬくもりを一枚に込めました。
まるで物語の中の理想郷に迷い込んだような、静かで幻想的な秋の時間をお楽しみください。



