布爾喬亞

 

今回のblogでは、友人が経営しているBARを紹介します。

こちらへは15年以上通っていて、私の宿のお客さんの中には’こちら’が目的で来てくれている人もいるぐらいです。

私が初めて訪れたのは、当時の同僚たちが ’ 私の誕生日会 ’ をこちらで開いてくれた時でした。

(当時私は、埔里の小中高一貫の私立学校で教員をしていました。)

学校を辞めて宿の経営者になってからも、こちらのBARへはずっと通っています。

場所は、私の宿から徒歩五分ぐらいの場所です。

BARのownerさんは、私と年齢が同年代なのもあって、今では仲の良い友人です。

 

 

余談ですが、BARのownerさんが昨年大型バイクの免許をこっそり取得してハーレーダビッドソンに乗り始めたのを見て、『先を越された!』と思い、私も急いで免許を取ってバイクを購入しました。(私はハーレーは無理なのでHONDAですけど。)

と、そんな感じで仲良くさせてもらっています。

 

 

『アイリッシュコーヒー』目の前で作ってくれました。

 

先ずグラスに角砂糖とアイリッシュウイスキーを入れて、「フランベ」強火でアルコールを飛ばします。

フランベされたグラスには、丁度良いキャラメルの様な香りが残ります。

 

 

サイフォンで珈琲を準備します。

フランベしているウイスキーグラスと同時進行で行うのでタイミングが難しそうです。

 

 

ウイスキーグラスに珈琲を合わせます。

 

 

生クリームを載せて完成です。

 

 

完成です。

グラスに入ったコーヒーとその上に浮かぶ泡のようなクリームが一見黒ビールのようで、雰囲気に馴染むカクテルです。

 

 

アイリッシュコーヒー(Irish coffee):アイルランド発祥のアイリッシュウイスキーをベースにしたホットカクテル。

ホットコーヒーや生クリームなどを加え、温いまま飲むカクテル。

 

 

 


 

アルコールを飲まない方には茶類もあるので楽しめますよ。

 

私は現在アルコールを一切飲まないので、いつも珈琲やその他のノンアルコールを頂いています。

珈琲好きには特にお勧めのお店ですよ。(★珍しい豆があったりしますから。)

因みに私の珈琲の知識は、こちらのownerさんから吸収しています

こちらのBARではお酒好きが好きそうなアルコール類(カクテルも多種)が多種あります。

ビールは全てベルギービールです。(注意:臺灣ビールはありません。)

 

 

店名:布爾喬亞

地址: 南投縣埔里鎮北辰街100號

 

 

 

 

 

檳榔樹(漢字で書くとこの様になります。)

 

私の住んで居る埔里は、たぶん臺灣で最も多く栽培されているエリアだと思います。

エリアによっては、山が全部ビンロウで覆われている様な場所も沢山あります。

一応’椰子’に分類されるはずですが、’実’は、食用になる様な種類ではなくて、覚醒と言うか興奮作用みたいものがあるらしく、返って体に有害な類になっています。’実’自体はそれ程体に有害では無いと思うのですが、噛む時に石灰を一緒に含むのが良く無い様です。

埔里の町には、何か所もビンロウの加工場があります。私の自宅のマンションの隣もビンロウの加工工場です。

 

 

緋寒桜の開花も、そろそろおしまいですね。

 

 

珈琲豆と私のマメ。笑
 

 

 

 

 

 

'阿形'狛犬 / 現:醒霊寺内

上記写真の狛犬は、日本統治時代の能高神社内にあったものです。

当時の狛犬や灯籠等が、現在は埔里市内にある醒霊寺に移設されています。

 

能高神社 1940年設立(日本統治時代)

臺灣の中心に位置する大きな神社でした。最終的には、中国大陸から来た蒋介石達の国民党の介入によって神社は破壊された様ですね。

この場所は、現在『埔里高工(工業高校)』の活動センターになっています。
PS:『地理中心点』へ向かう入口で、この場所を登りきると、私がよく夕陽スポットとして紹介しているパラグライダーの滑走路に辿り着けます。

 

醒霊寺

 

埔里の入口に当たる場所の高台にある寺院です。

能高神社にあった一部分だけですが、灯籠や狛犬がこちらの寺院へ移されています。

醒霊寺
灯籠の上の部分は、能高神社から移されています。
遠くに見えるのは埔里市内。

 

 

醒霊寺(以下写真)

日本統治時代の遺物に興味のある方には、是非一度訪れて貰いたい場所です。

 

余談になりますが、昨日の日曜日でやっと春節の連休(9連休)が終わりました。

私は本当に仕事で忙しい日々でした!

本日より、いつもの生活に戻っています。

今朝は早速gym通いから。

 

と言う事で、今年度も不定期になりますがblogを更新していきます。

 

PS:今年度の私の出国休暇の予定は、4月中旬頃と6月下旬頃です。

この時期に私の宿をご利用したい方は、なるべく早めにお問合せ下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『蝉悦雅築』東埔溫泉

 

前回のblogの続きになります。

今回は、こちらの温泉施設の紹介をしたいと思います。

私はこちらへ通い始めてから既に15年が経ちました。

東埔エリアの溫泉郷は、源泉が出ている場所が数か所ある様で。

温泉業者やホテルが集まっているメインの道にも温泉浴ができる施設があるのですが、大部分が室内や設備が余り整っていない場所が殆どの様に感じます。(私個人的な感想ですが。)。

『蝉悦雅築』は、温泉街から数キロは暫く離れた場所にありますが、設備が結構しっかりとしているのでお勧めです。

 

天池(男女混浴で水着着用の屋外の風呂)の入浴料金は1人時間制限なしで250元です。

上記写真の温泉です。私はいつもこちらに入浴しています。

天池以外にも個室風呂(天地の横に敷設されている密室の温泉。室内には、温泉水と地下水を溜める浴槽があります。景色も素晴らしいです。)

お財布に余裕があったり、ご夫婦で利用するなどには良いですね。

個室風呂(密室の空間なので水着の着用は無しでもOK。)の利用料金は、確か一時間ぐらいで千元しなかったぐらいです。

 

 

個室風呂へ続く通路。

こちらから入場して各独立した個室の建物へ。

 

 

 

 

以下写真は、天池(大衆風呂)の人たちが利用するシャワーブース兼更衣室。

 

更衣室は、六か所ぐらいはあって、各ブースには温水もでるシャワーが敷設されています。

 

 

中庭の様子。自由に利用できる空間です。

私は何度か風呂上りに持ち込んだお弁当をこちらで頂きました。

因みにこちらの写真のテーブルは’一枚板’ですよ。

 

 

『蝉悦雅築』には、隣にレストランが敷設されています。

こちらのレストランでは、この辺りで収穫された新鮮な自野菜や地下水で育てているニジマスや地鶏の丸焼きを頂く事もできます。

注意:地鶏の丸焼きは焼きあがるまでに時間がかかる為、入浴前に注文しておくと入浴後に焼き立てを頂く事ができます。

 

 

天池(大衆風呂・水着エリア)ですが、私はいつも人が少ない時間帯を狙って行くので貸切状態です。

この日も私以外に2人の入浴客としか遭遇しませんでした。

 

入浴しながらの頭上のツツジの花の香が心地良かったです。

 

 

明日から農歴の一月一日が始まるので、今回のblogが今年度(臺灣)最後の更新となります。

今年度は、目標としていた大型バイクの免許証を取得できて、愛車REBEL500ccの購入もできました。

来年度は、もう少しバイクの運転を練習して上達できれば、少し遠出をしようと考えています。

宿の経営は、いつまで続けるか現時点では正直結構悩んでいる所です・・・・どうしましょうかね.......(悩真顔

本音は、仕事引退して今後好き勝手やりたい所ですよ。ぐすん

 

まあ取りあえずは、暫く現状維持と言う事にしておきますね。

 

では、来年度もゲストハウス・プリを宜しくお願い致します。

 

渡部健作

 

 

 

 

 

 

 

東埔溫泉は、埔里から阿里山へ向かう途中の山奥にあります。
私はいつもバイクで行っていますが水里からもバスが出ているので、何とか辿り着く事ができる温泉です。

一応温泉街があるのですが、非常に寂れていてお勧めできる温泉施設があまりありません。
 

私がいつも入浴しているのは『蝉悦雅築』と言う温泉施設です。

この施設は温泉街から三キロぐらい離れた場所になりますが、綺麗に整備されていて日帰り入浴が可能です。

 

※温泉街にある源泉の施設はマニアックな人には良いと思うのですが、更衣室やシャワー等が完全ではありませんので注意。

 

信義区は水里を更に進んだエリアになります。

以前にも私のblogでご紹介していますが、梅や葡萄の栽培で有名です。

 

 

葡萄(巨峰)の収穫が丁度終わった感じです。

先日ここを通過した時には、非常に甘い巨峰を沢山いただきました。

 

 

国道21号線(新中横)から東埔温泉方面へ。

ここから山道へ入ります。

 

 

 

埔里からおよそ70km。バイクで1時間半ぐらいで到着です。

天気にも恵まれて、たくさんの花を見ながらの快適な走行となりました。

 

≪次回のblogで、こちらの温泉施設をご紹介します。≫

 

 

 

 

 

 

 

国定考古遺跡  「曲冰考古遺跡」/ 南投縣仁愛郷武界地区

武界エリアの法治村から霧社へ向かう山道の途中にある遺跡です。私普段何気なく通過していた場所なのですが、最近こちらの方面の研究者の方が来られまして道案内として同行させて頂きました。六年ぐらい前になる様ですが、文化部(文化省)が希少性の高さを評価して’国の遺跡’として昇格させたそうです。
 

上記写真は文化部のホームページ上で紹介されているものです。

発掘調査は1981年~1987年にかけて三回行われて、現在遺跡は保存の為に埋め戻されています。

出土品の中には、東部海岸等で採掘されたはずの玉(材料はヒスイ等も)等もあり、当時の人々が台湾を東西に分ける中央山脈を越えて交流していた可能性があることが分かるといいます。

この場所は、今後遺跡公園として整備される予定だそうです。

【情報源は、文化部のホームページより。】

 

発掘が行われていた場所には、もちろん厳重に柵が張り巡らしていて入る事ができません。

(無断で侵入すると、とんでもない金額の罰金を科せられると入口に注意書きがありました。)

 

【この辺りでは、綺麗な花を沢山見る事が出来ました。】

 

寒緋桜が沢山の場所で見れて綺麗でした。
日本のソメイヨシノとは種類が違って、ピンク色が強いですね。

 

 

李(すもも)の花も綺麗でした。

李さん(りーさん)の漢字って、読み方が’すもも’なんですよ。
私の家のご近所さんも結構李の樹を栽培していて、毎年果実の季節になると頂く事があります。

 

 

 

 

桃の花ですね。
細かく大量に咲くので凄く力強く目立ちます。

私の宿でも以前ですが、花が咲いた枝を切り取って暫く客間に飾っていた事がありました。

 

 


李の花(白)の後ろにたくさん植えてある樹木は開花が終わった梅の樹ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、近所で本格的な’四川料理’が食べられるお店の紹介です。

お店のオーナーさんは女性で、中国本土の重慶から来られた人の様です。

元々は私の宿から徒歩で五分ぐらいの場所でお店を経営していたのですが、商売が非常に順調でいつも込み合っているお店でした。埔里と言う田舎町にも関わらず、料金も少しだけ高めでしたが美味しいので私も時々食べに行っていたお店です。

昨年になって、近所の工業高校の向かいに引っ越して店舗も改装工事しての心機一転と言う感じで営業を再開しています。

 

上記写真の料理は、『麻辣牛肉乾麵』です。
スープ麺バージョンもありますが、私は’乾麺’が好きなのでいつもこちらを注文しています。

 

’麺’は’乾麺’を注文したので、スープも欲しいと思い『蝦ワンタン』も注文。

 

’蝦’もしっかりと大き目のが入っていました。(満足))。

 

 

こちらは’小菜(小皿一品料理)’で、ジャガイモとパクチーを合わせたもの。
私の大好物で本当に美味しいので、いつも注文しています。因みに重慶の名物らしいです。

 

 

今が中華民国115年ですから、営業開始から15年目と言う事になりますね。

 

この量と内容では台北に比べると安いぐらいですが、埔里の様な田舎町在住の人にとっては少し高めですね。

でも美味しいので、私は続けて通っていますが。爆  笑

 

この日は私1人だけだったので、この量で十分でした。

 

お店の場所は、私の宿から徒歩で十分ぐらいで行けます。

本格的な四川料理(麺系)が好きな人にはお勧めのお店ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎年来てくれている方で、今年も元気に飛んでいます。

今回の私の宿に宿泊は三週間と、いつもよりも少し短めです。

彼は埔里に通いだして十年近く経っているので、パラグライダー仲間も沢山いて非常に充実した毎日を過ごしています。

埔里は台北とは違って、ここ最近毎日天気に恵まれているので、納得の行くフライトを楽しんでいるみたいですよ。

 

 

 

 

以下写真の中央部奥に私の宿の客人がフライト中ですが、皆さん見えますか?

以下、中央部更に拡大。

一度のフライトでニ十分以上飛び続けている様です。

人によっては、数時間飛び続けて降りてこないことも。

 

 

【以下写真は飛び立つ場所(滑走路)。

客人本人が立っている上は人形ですよ。よく見て下さい爆  笑

とても83歳には見えないですね。

 

PS:こちらでは、体験飛行も受け付けています。

勇気のある人は一度参加されてみては。

 

 

 

 

 

【新井耕吉郎】

1904年2月26日:群馬県利根郡東村園原出生。

1925年3月:北海道帝国大学卒業。

1926年5月:22歳の時に台湾に渡り新竹の平鎮茶業試験支所に赴任。

この頃、台湾総督府の外貨収入激減に対し台湾でも世界に通用する紅茶づくりを目指す。

魚池郷水社村貓囒山の斜面一帯の盆地に紅茶試験場を建設。

1936年:「魚池紅茶試験支所」設置。平鎮茶業試験支所と新設された支所を兼務。

1941年年3月:台湾総督府農業試験場技師に昇進するとともに魚池紅茶試験支所長に抜てき。

1945年:日本はポツダム宣言を受け入れ降伏。

新井は支所長を台湾人の陳為禎に譲り、妻子を引き揚げ船で帰国させた。

自分は技師として残り紅茶研究を継続する道を選択。

1946年6月19日:マラリアにかかり永眠(享年42歳)。

【★「台湾紅茶の父」と呼ばれた新井耕吉郎:著者古川勝三氏】より引用。】

 

 

 

 

 

場所は、日月潭の水社エリアの斜面を上がった所です。

私の宿の宿泊客達が時々山登りに行っている場所で『貓囒山』と言う場所があるのですが、私もよく電話でこの場所へのアクセスについて問い合わせを受けていました。実際私は行った事が無かったので、紅茶の調査を兼ねて訪れてみました。

以前から’日本統治時代に新井さんと言う方がアッサム種の紅茶を持ち込んで栽培を始めた’と言う事は聞いていて、興味ついでに訪れてみました。実際に自分で訪れてみると、意外な発見(知らなかった事)がいくつかあって来て良かったなあと思いました。

 

貓囒山の登山口すぐ横に記念碑が設置されていました。

「魚池紅茶試験支所」にはゲートがあって本来入る事ができないのですが、来客を装って堂々と正門突破で行ってきました。

私が埔里に住んで居る日本人だと知ると、門番みたいな人が日月潭紅茶をふるまってくれました。

三十分ぐらいですが、色々とお話を聞けて良かったです。

 

魚池郷水社村貓囒山の斜面一帯に広がる紅茶栽培試験場。

 

紅茶栽培試験場の敷地内から日月潭も望めました。

新井耕吉郎技師も、この場所から日月潭を眺めていたのでしょうね。
何か感慨深いものを感じました。

 

 

 

【日月潭・目的地の東埔温泉へ向かう途中に通過しました。】

 

現在’梅花鑑賞’の季節です。

私の住んで居る埔里の付近でも何か所かで見る事ができますが、今回は東埔温泉へ行くついでに通りかかった’信義’と言うエリアで葡萄と梅花鑑賞を楽しんできました。

どうです、この風景。(感動えーん

私も初めて訪れた場所です。

元々NET上で話題になっている有料の場所(上記場所の近く)を目指していたのですが、道が分からずで、地元の人に訪ねた所、『地元民しか行かない穴場に連れて行ってやるよ!』と私が日本人だと知ると気を良くして連れて行ってくれました。

 

★又しても、日本人特権を使ってしまいました。爆  笑

 

 

私達以外に誰とも遭う事無く、ゆっくりと静かに梅花鑑賞を楽しめました。

来年からも’こちら’で決まりですね。

 

いつもですが、今回も本当に運が良かったです。

ジモヤン(地元民)、有難う!!