クールビズ
ここ最近、ストレスが溜まり過ぎていて暗い話題が続いてしまっていたので、ここで気持ちを切り替えて明るい話題をしたい。
今年の日本の夏は地震と原発事故の影響で電力不足に陥り、節電のため冷房もガンガン効かせられない状況になると聞いているが、先日インターネットを見ていたところ、何とタンクトップ姿での通勤を勧める会社があるとの記事を発見。詳細については一番下の「続きを読む」をクリックして読んでほしい。
会社での仕事というと、特に男性はスーツにネクタイ姿が当たり前だと思われがちだが、私がいるNZで普段からそのような格好をしている人はほんのごく一部だけだ。ほとんどの人は比較的ラフな格好をしていて、暑ければ自分で脱いで調節することも容易にできる。
よく「ビジネスの場でタンクトップに短パン姿はケシカラン」と言われるが、私はそうは思わない。もちろん客商売である以上最低限の礼儀はわきまえなければならないとは思うが、日本の夏はただでさえNZより蒸し暑い上に冷房も効かないような状況下で必ずスーツにネクタイ姿をしなければならないというのもいかがなものか。状況によってはタンクトップ姿もやむを得ないのではないだろうか。本当に省エネを考えているのであれば、自分で服装を容易に調節するということも必要になってくるだろう。失礼な言い方かもしれないが、服装がどうのこうのと言っているお客さん側の意識改革もそろそろ必要な時期にさしかかっているのかもしれない。今回のこの記事は読んでいていろいろと考えさせられる内容だ。
タンクトップ通勤推奨会社 社員にタンクトップ手当2千円支給
大幅な電力不足と冷房自粛で、今年はこれまで経験したことのない“暑い夏”がやってきそうだ。これを受け..........≪続きを読む≫
昔からの悩み事
人間誰でも悩み事があると思うが、私にも昔からずっと悩んできたことがある。
子供の頃の私はとにかく恥ずかしがり屋で、あまり多くの趣味を持てなかった記憶がある。趣味といえば電車に乗ることやオモチャのミニカーで遊ぶことくらいだっただろうか。それはそれで楽しかったのだが、その反面、多くの人が興味を抱いているであろう話題(例:アニメ、ゲーム、スポーツなど)にあまりついていけず、その点ではあまり人生を楽しめなかったように思う。今でこそ、出来るだけ多くの趣味を持つようにはしているつもりだが、やはり会話についていけないことも多く、それが人生をあまり楽しめない原因になっているように思うのだ。
出来ることなら、子供時代からまたやり直したいと思う今日この頃だ。子供の頃にもっともっと楽しみたかったなあ。
自分の人生 について 続編
今回は前回の記事について、一部の読者の方々から反響があり、改めていろいろ考えた上で自分自身が思ってきたことを語りたいと思う。あまり気持ちの良い話ではないと思うので、無理して読んでいただかなくても結構だ。
実をいえば、前回の記事のようなネガティブ思考になってしまったのは、遡れば小学生か中学生時代からだったと思う。学校の授業にうまくついていけず、クラスの雰囲気に馴染めないこともあった。
私はこの記事のように思いを文章化することはできても、口下手でどう人に話せばいいのか分からないことが多いのだ。子供の頃は今以上に口下手でシャイだった。悩みを打ち明けることも実に下手で、挙句の果てには悩みを打ち明けたところで「お前が悪い」だの、「お前にも落ち度がある」だの言われるのがオチだったなんてこともあった。友人だと思っていた人物から裏切られるなんてことも過去に何度もあった。それは私が自分で嫌なことをはっきり断れなかったからだと周囲から何度も責められたものだ。
今思えばこの頃からだったのか。自分自身が嫌いになり、生きていくことに疲れ果ててこの世から消えてしまいたいと思ったのは。そのような気持ちに一度もならなかったのは後にも先にも高校時代だけだったのかもしれない。良い友人に恵まれ、楽しい三年間だったと思う。今のような文章力もこの頃に培われたものだと思っている。
大学に入っても、友人に恵まれ、とても楽しかったが、一方で将来の生き方に不安を覚えるようにもなっていた。自分に合う仕事が見つかるのかがとても不安だった。私が大学卒業後にNZへ来たのは両親の勧めもあったが、同時に自分としてもやりたいことを探してみたいという思いがあったからだ。その後、経済学・経営学を学び、卒業論文を書いて卒業はしたものの、自分としてはあまり出来は良くなかったと思っている。幸い今は自分の仕事をしていてその点では充実してはいるが、正直なところ心の底から幸せな気分にはなれないでいる。仕事のスキルが低い分際で家族を養えるほどの収入を得られるのだろうかといった不安や、いつまで今の仕事を続けられるのかといった不安がとても大きいのだ。
こうした不安を抱えた状態で、「幸せな人生」とか「健康な毎日」といった言葉を聞くと、言い方が悪くて失礼だがとてもムカつくのだ。そして自分自身が嫌いになっていくのだ。自分みたいな馬鹿な人間に健康で幸せになる資格なんてないのではないかと思ってしまうのだ。
しかし、前回の記事について、一部の読者の方々から暖かい激励の言葉をいただき、少しだけ気持ちが楽になったように思う。私は読者の方々の言葉を読んでしばらく涙が止まらなかった。そして感謝の気持ちでいっぱいになった。今私はこう思っている。自分は一人ではないのだと。これからは何かあれば誰かに遠慮せずに相談しようと思っている。そして時にはゆっくり休もうと思っている。
話が長くなったが、最後までこの記事を読んでくださった皆様、私の愚痴を聞いてくださり感謝する。これからは少しポジティブに生きようと思う。