2025年10月13日 大阪関西万博最終日
ご近所さんのおかげで、万博最終日に入場が
叶いました。
そして、その日に行けたパビリオンと花火🎆のこと
残しておきたいと思います。
無事に、大混雑の関係者ゲートを通過して
日本館に向かいます。
弟くんは、私たちの他にも迎えないといけない人がいるので一旦解散(笑)
ここで、妹が悪魔
の囁きを…
日本館より、アメリカ館行きたいけどな
と。
前評判が良くて、数時間並ぶよねって日々。
ずっと先送りしていたから
弟くんは以前「アメリカ館は映像ばっかりで面白くなかった」と言っていたので、実際は後回しにしていました。
弟くんとは、後で合流って言ってたので悩ましいのですが、思ったより早く弟くんが日本館へ来たら、
合流できんぞ?と思い止まりました(笑)
なので、予定どおり日本館🇯🇵へ向かいます。
自由観覧の列に並んでパビリオンのオープンを待ちました。
9時を過ぎると日本館のスタッフがぞろぞろと何かを持って私たちの前に。
すると、感謝の言葉を一人ずつ。
そして、最後にプラカードを上げて迎えてくれました。
なんか、感動してしまいました。
スタッフも泣いてるし、なんか涙が出てきます。
が、まだ今日は、始まったとこなんですけど~
だった
日本館は、割と見ごたえありました。
ただ、見て回るだけなので、つまらんと言ってた人の言うこともわかりました。
好みの問題かな(笑)
そんなこんなしていると、弟くんから電話。
やっぱり、予想より早かった
ドラえもんのところ、と目印を決め合流となりました。
とても美しいお嬢さんを連れてきました。
もちろん、彼女も日本語ができます。
彼女は母国の学校で日本語を教えているそうです。
じゃあ、もういいから若い人たちで楽しんで
と
都合良く送り出しちゃいました
ご近所さん兄弟は、この日、八尾市長とアポあり。
昼には、兄くんはNHKに生出演もあり、ご多忙(笑)
早く解放してあげたら、自由時間できるから。
その後、私たちはそのまま日本館の続きを。見たという証明書も配布してくれました。
記念になる
私たちは、いよいよアメリカ館へ向かいます。
もう行けないと思っていたので嬉しい
メインの展示となるロケット🚀発射の体験❓
弟くんが、アメリカ館つまらんと言っていたので
そうなん
って思いましたが、確かに映像だけなので
つまらんかったです(笑)
1970年に展示した方法とは違うようにしたとか。
それは、よーわからんけど
スイス館やポーランド館、クウェート館などは
実際に触れたりできて楽しかったなと思いました。
大阪ヘルスパビリオンのiPS心筋シートや
パソナのパビリオンで見たiPSで再生された
心臓を見た感動は忘れられません。
これから、見られる機会があったら沢山の人に
見てもらい、未来の医学に希望が持てることを
感じて欲しいなと思います。
ぜひ、iPS財団へご寄付くださいませ。
そして、
アメリカ館を終えて、朝も早かったのでランチ☀️🍴
母はやっぱりお肉。
しかも京勝牛のビフカツサンドがいいって(笑)
でも、テイクアウトだけなので、外で
って
思いましたが仕方なく
その京勝牛に向かう途中で見つけた最新型の
消防車🚒の展示が。すご~と思いましたが
ここも見たかったら並ぶので諦めました
午前中に行きたいところを終えていたので
ランチもゆっくり。
母は、潮風のあまりの心地よさに昼寝してるし
すると、どこからともなくヘリコプターとは違う
モーター音が。
なんと、ANAの空飛ぶ車でした。
でも、かなりのスピードで飛べるので驚きました。
ちょっと舐めてたかな。
気付いた人たち、みんなが空を見上げていました
そうこうしていると、花火の場所取りの時間。
この日にもらったパスを持っていると
エリア外にも入れるのですが、ここは我慢。
最終日に万博へ来れたこと自体が私にとっては奇跡だったので、真面目に場所取りです
ここからの夕日も、この日が最後と思い写真に納めます
素晴らしい夕日
マジックアワーへ
後方ではテレビ中継も
もう後ろは満員で、出たくても出られません(笑)
「花火の場所いいとことれた❓」とお気遣い。
大丈夫やで~と返事して花火の時を待ちます。
弟くんは、おじさんが花火師さんなので時々
手伝わされるから、万博では、ほとんど見てない
そうです。 もったいない
後日、弟くんと会ったとき
『あの花火はやばかった』と、彼も盛大さに驚いたと言っていました。
花火慣れしている彼でも驚くほどの花火。
見せてもらえてよかったと、感謝感激でした。
母を連れているので、早めに退散とドローンショーが始まるまでに出ようと東ゲートへ。
でも、途中で始まってしまいました(笑)
これも最後かぁ~なんて思うとさみし
そんなことを思いつつ歩きます。
途中出会う、
会期中に万博を支えてくれた警備の方々、
会場を綺麗に保ってくれた清掃の方々、
自販機に飲料を補充し続けたベンディングの方々、
警察の方々、大阪メトロの方々、
みなさんにありがとう~と言いながらゲートを
出ました。
あ~、ついに出ちゃったよ
思えば、去年の春に舞洲にネモフィラを見に行き
対岸に見た大屋根リングに感動して、
絶対万博行って、あの屋根あるく
そう決心してから半年後に前売りを買いました。
そして、4月から始まって半年間。
開幕の日、何よりも楽しみにしていた
ブルーインパルスの展示飛行が中止となり
どん底な気分になったことから始まった私の万博。
振り返ると、とても濃い半年間を過ごしたんだと
改めて思いました。
万博、行かなかった人(友達にも居るけど)
行けなかった人、いろいろですが
行った人は、触れたことのない世界の国を見たり
その国の人と触れ合ったりできたので
人生豊かになったのではないかと思います。
私もいい歳ですが、とても豊かになりました。
万博が私にもたらしたものは、とても大きいと
つくづく感じています。
たくさんの関係者の努力と来場者の努力(笑)で無事に終わった万博。実のところ国をあげたイベントです。
それが大阪で開催されたこと、だからこそのたくさんの思い出、出会いが身近で体感でき、体験できたことは素晴らしいものでした。
もう生きている間に、日本で万博ないから
この時代に生まれたことを改めて感謝した次第です。


















