ヨーロッパの片隅で -19ページ目

ヨーロッパの片隅で

シリアスな話題から下ネタまで、ただ思いついたことを書いていきます。

今、ストックホルムへの旅行計画を立てているのだが、やはり旅行は計画を立てている時が一番楽しい。

宿を決めるのにかなり悩んでいる。

やはり、ストックホルムは高い。昔の東京みたいに高い。

ドミトリーでも一泊3千円ぐらいからだ。

日本だったら、山谷で小さい部屋だが個室が借りられる値段だ。山谷なら、ドミトリーなら1500円ぐらいからある。

ストックホルムは倍だ。

しかし、選択肢が多いのはうれしい。安宿ながら、自分のニーズに合った宿を選べる。

トイレはいっぱいあったほうがいい。待つのはいやだ。

さっきがら、頭痛だ。寝過ぎと英語の読み過ぎで頭が痛い。

ちょっと休む。



日本も老人社会だが、北欧も老人社会だ。

これから行く、スウェーデンもかなりの長寿の国のようだ。

今いるこの国も結構、長寿のようだ。

さっき、スーパーで買物をしていたら、この時間結構レジは混んでいたのだが、ほとんどが、60代、70代のおばあさんだ。


僕もこの歳になったら、70代前半の女性をおばあさんと呼ぶのにはちょっと抵抗がある。

おばさんだ。

その10人ぐらい並んでいるレジに後ろの方の人が、前の方の人に、何やら話をして、それから、本当のおばあさんが、その前の列に入れてもらっていた。


腰の曲がった体が縮こまった、これぞ、おばあさんだ。たぶん、80代の後半以上だろう。

人間の感覚というのは、すべて相対的に何かと比較してしかできないもので、

60代、70代が熟年で、80代後半でやっと老人と感じる。

僕も先週48になったのだが、48なんて、この人達の中では若者だ。20代、30代前半なんて、子供だ。

でも、先日、バスで、5歳ぐらいの女の子に席を譲ってもらった時は、素直にお礼を言って座った。その子にとったら、僕もお年寄りなのかなあ。






今、就職について考えていいるのだが、再び大都会へ復帰しようと思っている。

北欧一の大都会と言えば、そうストックホルムである。

アフリカに行く前は、東京という大都会で6年ほど働いていた。

ストックホルムは以前行ったことがあるが、かなりの大都会だ。


でも、物価が高い。小さな屋台で、魚焼いて、サンドイッチにして売っていたので、気軽にひとつ買ったら、800円ぐらい請求されて、一瞬固まったことがあるし。

高級ホテルに入ろうとしたら、守衛に止められて入れなかったり。あまりいい思い出はない。

でも、働くとしたら、最高の場所だと思う。


いや、道のりはかなり厳しい。だって、スウェーデン語なんて、挨拶もまだ知らないぐらいなんだから。



これから、いろいろ頑張ります。
今日は、小雨が降っているが出かけてきた。

その前に、マンションで犬の嘆きの鳴き声が聞こえるので、窓から外を見ると、大きなシェパードが横になって、暴れている。

そこは、僕のアパートと隣のアパートの間にある空き地で鍵がかかっていて、入れないはずなのになぜかシェパードがいる。

僕以外にも向かいのアパートの住人が何人か覗いていた。


そのうち、一人のガタイのいいにいちゃんが、出てきて、犬の腰のあたりを触ろうとして、犬にちょっと噛まれて退散した。

それから、しばらく誰も来ず、前足をバタバタさしてもがいている。

後ろ足は完全に麻痺して動いていなかった。前足は動いていたが、やはりおかしかった。

僕は、神経性の毒物でも飲んだのではないかと思った。


しかし、鍵のかかっている空き地に毒を飲ませて、誰かが放り込んだ?それはひどい。

あと考えられるのは、アパートの窓から落ちた。その衝撃で脊椎を損傷したか。

しばらく、誰も来ないので、僕は、ひょっとしてこのまま野垂れ死にか。と思ったのだけど。

しばらくして、僕もおでかけついでに、そこにいくと。近所の住人が集まっていて、飼い主らしき女性も、泣いてそこにいた。

その女性の話では、3階の窓から落ちたらしい。そこに誰かが呼んだのだろう。獣医とポリスもやってきた。

結局、獣医が車で病院に運んだようだけど。獣医って、大変だなあって、つくづく思った。

人間の医療の世界なら救急隊員がすることもしないといけない。

今日は、それから、貸衣装屋に行って、卒業式に着るガウンの寸法合わせをした。

まあ、いろいろ他にもしたが、長くなったので、今日はこのへんで。
長かった。

この国に初めて降り立った時から、途中休学しているとはいえ、9年が過ぎた。

あれから、もう9年なんだ。

このブログも 始めて7年以上経った。

歳を取ったから、9年と言っても、実はそれほど実感はない。

卒業かあ。卒業なんて、留学しておきながら、自分でも半信半疑だったんだけど。

実現したかあ。いや~、もう自分では制御できない力で人生が動いていっている感じがする。




のんびり過ごしています。

大型ショッピングモールの前のベンチでチーズパンを食べていると、スズメがいっぱい寄ってきたので、パンくずをあげたら、食べた。

あげながら、
しばらく観察していると、パンくずを取ったら、すぐに近くのすずめにあげるスズメがいた。

もらう方は、大きさは、むしろ与える方より大きいぐらいだが、あまり飛べないみたいだった。

スズメにも助けあいの精神があるんだなあ。


僕は、さっき、ハムたまごをおかずにご飯を食べた。おいしかった。


最近は、お米を炊いたら、冷めるまでしばらく待って食べている。

日本では、暖かい食べ物に価値があるように言われることが多いが、僕は最近熱々の食べ物は避けるようになった。

海外では熱々の食べ物なんてあまりない。寒い時に熱々の食べ物で暖を取りながら、なら意義はあると思うが。

さて、さて、卒業式までまだまだあるぞ~。ネットで就職活動だ。



卒業が確定してから、3日がたった。

速い。それになんという解放感なんだ。

今までも、試験が終わった、夏休み前の解放感はすごかったが、今回は、ちょっと違う。

もう試験を受けなくていいんだ。そう思うだけで、すごい解放感だ。


それに、これからの欧州での就職活動もある意味ワクワクする。


いいなあ。この感じ。今週で48歳になるのに。
最終試験、終わりました。

7で合格しました。

いや~、最後の最後まで苦しかったけど、これで本当に確実に学位ゲットです。

卒業式は、2週間後です。

外国の卒業生がよく来ている、帽子をかぶってガウンみたいなのを着るみたいです。

僕は、今まで、あれは、うれしがりだけが来ているのだろうと思っていたのですが、どうやら、あの卒業式の服は着ないといけないらしいです。

僕も貸し衣装屋に予約しました。

う~ん、アラフィフになって、あの服を着るとは~。感慨深げだ。

今日、論文の発表会がありました。英語でディフェンスというらしい。

ディフェンスできたということで、合格しました。

ただし、評価は6.他の学生は、8や7だったので、僕が最下位でした。

またしても、英語力での評価じゃった。

この留学での学業を通じて、ずっと感じているもの、そのまま。改善なし。

質問も内容聞いてないやろ。わかってないやろ。っと思うような馬鹿な質問もありました。

そういう内容がわかってない人が評価するんだから、英語力になってしまうのも無理はない。

内容では、最下位どころか、トップのできだという自信があるのだけど。

こればかりは、どうしようもない。

さて、残すは、最終試験のみとなりました。3日間もあるんです。

ここで落ちている学生も結構いるので、まだまだ油断はできません。

がんばります。

今日は大学本部に学位証の名前のClarificationというのに行ってきた。

まだ卒業が決まったわけではないが、もう大学では、そろそろ学位証の準備をするらしい。

それで、僕の名前をこちらの言葉でどう書くかというののミーティングみたいなのに行ってきた。

そこで係のおばちゃんがなにげに、”この大学を卒業する初めての日本人ね。”と言った。

確かに、交換留学などでは来ているのを知っているが、ちゃんとした学位をもらう課程を卒業するのはどうやら日本人で僕が初のようだ。

ちょっと、考えるものがあった。

ラストスパートがんばります。