合気道 | ヨーロッパの片隅で

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一昨日、ネットで去年放送されたガチ相撲を見た。


これは第2回だったのだが、第一回もネットで見て面白かった。


先日、ガチ相撲の第3回(たぶん)の収録で神取忍が骨折したというニュースを見たので、ネットで調べてみたら、第2回が去年の秋すでに放送されていた。


神取忍のニュースはステマだったかもしれないが、まあいいだろう。


それで、見た感想だが、やはり面白かった。


特に70歳の合気の達人の爺さんが面白かった。


この人はいろいろな武道をかじって、自分で武道をあみ出して、道場をしている人らしい。


手を触れないで相手を投げたりできるらしい。実際、VTRでは、手を触れないで相手を投げていた。


でも、ウソっぽい。


僕は中一の時、3ヶ月だけ、合気道を習ったことがある。だから、合気道について少しは知っている。


合気道の塩田剛三という人は、実際にすごかったらしい。


僕は、中一の時、週2回だけ、市民体育館で、母親に突然無理やり連れて行かれて、習っていた。月謝千円だった。


僕は当時、すでに身長が162,3センチあったので、大人の部に入れられた。


そこには僕と同じ中一の男子が子供の部でやっていた。


僕は身長は小柄な大人ぐらいあったけど、体はまだ子供である。体重もかなり軽かった。それが、大人と一緒にやるって、きつかった。


稽古のあった日は、帰って風呂に入って体を洗おうとしても、手が動かなかった。筋肉疲労である。


筋肉疲労はまだいいのだが、一番辛かったのは、手首が痛かったことだ。合気道は、相手の手首をひねって技をかけることが多い。


大人と技を掛け合うので、手首をひねられる。大人が僕に容赦しない。


骨が成長する時期に、骨を痛めるのはよくないと思う。


ある時、母親に泣いて、”行きたくない、行きたくない、痛い、痛い!”とごねた。行かなくなった。


しかし、3ヶ月と言えども、中1、12歳の3ヶ月はかなり長い。


今でも、合気道の基本的な動きは自然にでるし、受身も体に染み付いている。子供時代に、大人レベルの稽古3ヶ月は、結構、すごい。


話を、ガチ相撲に戻す。この合気の達人の爺さんは、柳龍拳と言っていたが、この人は、合気道と言っていない。合気と言っている。


それで、自分で十段とかの免状を作って、自分に授与しているようだ。


僕も実は、よく似たことをしていた。僕もその合気道から始まり、高校では柔道(授業)といろいろ自分で、鍛えていたことがある。


僕の場合は、大学で日本拳法を部活でやったので、今は武道の経歴としては、日本拳法だけしか言っていない。


でも、十代の時は、自分で、課題を作り、(例えば、初段は、高さ3Mの所を蹴れる。片手懸垂、自然石に正拳で穴を開けるなど)。僕の場合は、結局、自分で設定した初段にもなれなかった。


でも、僕がそういう趣味を続けていたら、この柳さんみたいになったのかなあと思う。


でも、柳さんの場合は、武道をいろいろかじって、自己流の武道を作っているのだけど、やはり、何かで、高みに上がってない。柔道でも、空手でも、何か基礎がないから、やはり、地が弱い感じだ。


ただ、70歳で、現役のレスラー相手に相撲を取るというのは、勇気はあるなあと思う。