さて、拝聴第2部はこの講座をオブザーブする目的でも
ありました、「三陸鉄道」がテーマです。
講師は三陸鉄道株式会社、山口和彦社長。
久慈地方振興局長時代にお世話になりました。
講演では、明治から大正にかけての「三鉄」申請から
部分開通から、国鉄再建のあおりを受けた工事中止、
そして全国初の第三セクターでの経営に
至った流れが解説されています。
まさに「へぇ~、そうだったんだ
」という感じでした。
そして地域住民念願の開通。
昭和59年4月といいますと・・・久慈大火の翌年ですね。
中学2年の時でしたが、確かに大騒ぎだった記憶があります。
でも私、最初に三鉄に乗ったのは開通から遥かに後のこと。
会社で田野畑の羅賀荘に新年会で行った時がお初かな?
それからJCに入会して・・・
’08年の久慈宮古のホットラインができてから、
どれくらい乗ったことでしょうか(驚)
下は現状の三鉄の経営状況の推移です。
レトロ列車やお座敷列車などの企画列車の導入、
団体ツアー客の誘致で近年は少し持ち直し加減ですが、
人口減少・流出の要因もあり、利用客はほぼ減少の一途です。
そうなると経営状況も現状は厳しいですね。
事故や地震の風評被害も影響があったようです。
私自身、北リアス線しか乗っていませんが、
長いトンネルの合間に乗降客があまり見込めない駅もあり、
乗降客の見込める新駅の設置や延線等ができれば・・・
難しいんでしょうね。
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「第三セクターの優等生」として黒字を継続していた
三鉄も今は昔となり、様々な工夫・活性化策が出ていますね。
特にこの「久慈ありす
」。
久慈JCで最初に存在を発見したのはwataru先輩でしたが![]()
その後数年経った今、なんとバースデーパーティー
が
開かれるくらいに人気になっているようです。
そのバースデーパーティーに合わせて、
昨年11月に久慈のやませ土風館で開催された
「全国鉄道むすめサミット」には達増岩手県知事も登場し、
大いに盛り上がったようです。
しかもスゴイ「痛車」も登場(驚)・・・勝ち猫さんもご夫婦で来てましたか?
この日は残念ながら「もぐらんぴあ駅伝
」エントリーで、
様子を伺うことができませんでしたが、もし駅伝がなければ格好の
「いちけんブログ」ネタになっていたことでしょう・・・。
※この昨年の「秋のさんてつ祭り」の様子は久慈市HPにもあります。
http://www.city.kuji.lg.jp/cb/hpc/Article-347-15662.html
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さて、沿岸地域の貴重な足として、
「終わらせる」ワケには行かない「三陸鉄道」。
通勤?通学?観光旅行?
どのようなニーズにより利用の拡大に繋げられるのか・・・
と考え始めると夜も眠れませんが(笑)
沿線市町村による新たな支援の流れもあるようですが、
まずは沿岸に住む我々が「必要だ!」と思うならば、
移動する際に車から「三鉄」にシフトできる可能性を探り、
実践することが必要でしょうけどね。。。
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でも「三陸縦貫自動車道」が将来整備されたら、
どうなるんだろ・・・やっぱり夜も眠れません(汗)
と、こんな感じで山口社長の講演も終了。
質疑も終わって計3時間の座学は終わりとなりました。
ここで4時過ぎ。
そろそろ我らがkimura委員長も到着のはずですが、
委員会自体は私も含め、3名のみ出席と寂しさ満点![]()
そこで「発想の転換」。少人数ならではの「エンジョイ
」
することに決めました(笑)
その様子は次回にて![]()



