ichi-yachiコンビは歴史好き。
もちろん知識が足りないところはありますが、
そこは「百聞は一見に如かず」ということで、
夜の街以上に
積極行動に走ります。
(ゆいレールの撮影に成功です
)
駐車場脇の建物内には、
首里城の模型が展示されております。
意外と大きいですね。廻る時間があるかな?
外に出ると、早速沖縄の民族衣装に身を包んだ皆さんが。
琉装の皆さんはスルーして、お互いを撮りつ撮られつ。
周りの方々は気になりますが、時間も限られておりますので・・・
地図も立体的に表現されておりますな。
目検討でおおよその時間を把握。
たぶん大丈夫でしょう。
守礼門をくぐるとすぐその脇には
園比屋武御獄(そのひゃんうたき)石門です。
(ここは世界遺産の部分となります)
さらに前に前に上に上にと進みます。
(歓会門のシーサーに歓迎されました。)
緑の芝と壁面のグレーが好対比です。
いよいよ朱塗りの広福門へと出ました。
ここを過ぎるとこの先は入場チケットが必要になります。
周りはぐるりと建物に囲まれています。
この中庭は「御庭(うなー)」といい、
儀式等が行なわれる場所にあたります。
この首里城、創建年は不明ですが、
琉球王国の第一尚氏王統時代の13世紀末~14世紀ごろに
建てられ、その後の第二尚氏王統期にも首府が置かれ、
その周辺は栄えたとのことです。
順路は向かって右側の南殿・番所となり、
この奥には書院等があります。
中は一部撮影禁止箇所ありです。
琉球の歴代の王の肖像画や歴史年表等がありました。
薩摩藩の侵攻が1609年。
明治時代の日本政府による沖縄県の設置により、
琉球王国が消滅したのが1879年。
そのような歴史的な経緯があったとは知りませんでした。
ガラス床の下には、本来の首里城の遺構があるようで、
この上に現在の正殿を建て保護しているようです。
(この部分が世界遺産なのかな?)
正殿二階には朱塗り金箔で飾られた御差床
他にも王冠や玉璽などが展示されております。
多数の展示品を見ることができ、外に出ます。
(正殿の塗り直しは来年の3月までかかるようです。)
最後の建物は北殿。
中には首里城の式典やしくみについて、
パネルや模型等の展示がなされております。
北殿の外に出ると、白みがかったブルーの空と、
(いよいよ沖縄ともお別れか・・・
)
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さて、本当に駆け足でぐるりと首里城見学を終え、
駐車場へと城郭の道を歩きます。
(黒いプレートを境に、下が遺構とのことです。)
首里城を巡って思うこととしては、
せっかくの素晴らしい遺産が、
戦争によってかなりの被害を受けたのは非常に残念ですね。
2000年11月「琉球王国のグスク及び関連遺産群」
として世界遺産登録されましたが、
首里城は遺構の部分が対象で、
復元された建物類は対象外となっているようです。
・・・もったいないですね。
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さて、一連の沖縄滞在で、
ウィキペディアの「沖縄県の歴史 」について
興味が持てましたのでリンクを載せておきます。
一読してから沖縄に行ってみるとさらに興味倍増ですよ![]()
さてこの後は昼ご飯を食べて、那覇空港へと向かいます。
いよいよ次回は沖縄シリーズ最終話です![]()










