智也くんのままママのブログ

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11月21日の怪我から、わずか3日後には、予約してあったスペイン料理の店に行った。


11月24日、帰省の前の昼食を、まさか怪我すると思わずに予約してあったので、


店に迷惑をかけないように、予定通り食べに行った。


その時の、巨大な装具や、松葉杖は、強烈な印象を店の人に与えたようで、


今日、2月9日に、久しぶりに行ったら、会計の時に店主がそのことを口にした。


随分スムーズに歩けるようになったこと、髪を短くカットしてしまったこと、などなど・・・



スペイン料理の店は、カウンターと5つくらいの二人掛けのテーブルしかない小さな店だ。


しかし、店主(シェフ)が覚えているのは、驚きだった。



怪我のあと、マイ松葉杖で必死で仕事を続けたのも、


「プライベートを我慢しないなら、仕事も当然」


そんな片意地になったところがあって、仕事も人一倍頑張ったが、けっこう一杯一杯だった。


11月21日から12月末までのことは、ほとんど覚えていない。


だから、周囲が覚えているのが、手がかりといえる。



そう言えば、11月23日には、仕事中に智也君が、岐阜から会いに来てくれた。


智也君のリアルパパも、なんと直前に階段で転倒して両手を突いて、指と手首を骨折していたらしい。


ほっとして気が緩んで、家で飲んで、酔っ払って、自宅の階段でつまづいて・・・って、悲劇。


ちょっと前までなら、臨時雇用だった智也君のリアルパパは、職を失いかねない事態だったけど、


真面目な仕事ぶりが高く評価されて、臨時雇用から正規雇用に替わっていたらしい。


かの大企業も、臨時雇用をいつまでも続けられない制度に呼応して、極一部の職員を正規雇用にしたようだ。


身分の安定後で良かったねって、思ったよ。



智也君が4月から国立大学の3年生に編入することが決まって、パパも、ちょっと浮かれていたかもね。



智也君の下の子も、最近、高校卒業後の正規就労先が決まったようで、本当に良かった。


智也君のリアルパパを襲った長かった暗黒の時代が終わろうとしていると、信じたい。


借金して自宅新築・転勤命令・拒否・クビ・アルバイト・臨時雇用・極貧・ローン地獄・・



そんな大人の話も、19歳の智也君とちょっとした。。。


智也君が大学生になったら、大学院を終えるまでは応援しようと思っている。


そのためにも、仕事を続けなきゃである。。。



私は、自分の体と折り合いをつけながら、もう少し働いて、収入を得て、智也君を一人前の社会人にしたい。



そんなわけで、年末年始の休みをちょっと長く取って、2週間、実家に帰って完全休養リハビリ暮しに徹した。


12月24日から、1月6日まで、こんなに長く休んだことはないくらい、休んだ。


丁度、休みを取り易い休日の入り方だったのもあって、思い切って、実家で過ごしていた。


完全給食(ただし、老人用の配食サービス)と、平屋の家屋での暮らし。


しかもお風呂は、介護浴も出来る豪華なお風呂だったから。。。



私は、一日1000歩だけ、外を歩くように心がけた。


左膝には、専用のマイ装具ではなくて、ズボンの上からつけられる加圧ベルトを上下につけた。


今も、平行移動以外の動作の時はつけているが、12月の頃は、常につけておいた。


それで、平行移動が安定し、歩数が伸びて、筋肉がかなり戻ったのだ。


加圧ベルトは磁石もついたもので、安定のためだけにつけていて、大正解だった。



年末12月19日に、筋肉の退化した私の左足を見た施術者が、


施術前に、軽い悲鳴を上げて、写真を撮った。


そして、今度、1月16日にもう一度私の足を見て、今度は驚きの声を上げて、また写真を撮った。


筋肉が戻り、綺麗な線を描いた両足の膝から下の写真を、彼女は自分の教室のブログに掲載している。


そのくらいの劇的な変化を、私の膝の周りの筋肉が見せたのだ。



左手首の骨折は、12月には経過が悪く心配していたが、


12月22日の最後の受診でギブスを半割りにして、ギブスシーネにしてくれて、


年末年始は大分楽に過ごせたと思う。


その後、1月7日にはシーネも外れて、本格的にリハビリしている。


非常に強張りが強く、苦労が絶えないが、これも日にち薬。


毎日の入浴時の浴槽内での頑張りが奏功して、可動範囲が広がっていることは疑いもない。


痛みは続くが、まあ、そんなものだろう。


軽い痛み止め薬は朝晩飲んでいる。ノイロトロピンという変な薬だ。



経験者に聞くと、可動域が完全に戻ることはむずかしいようだし、違和感は非常に後まで続くようだった。



まぁ、そんなものかと、年齢的なことも考えて聞いている。


細マッチョな私の右腕に対して、今の左腕は、痛々しいまでに非力な細い腕だ。。。


しかし、考えてみれば、左右均一に戻っても、もうかつてのような重いものを持ち運ぶことは危険だ。



腕には出来ても、膝や腰には、負担が大きすぎる。


そう思うようにしないと、この先の長い人生を乗り切れないと思った。


53歳の私からすると、96歳で亡くなったおばあちゃんの年齢まで40年近いし、


実家で暮らす父や母の年齢だって、30年近い・・・


大事に大事にメンテナンスして、無理にないように生きていなきゃ、智也君のままママは務まらない。。。