Kenn Kato official blog「heal in the noize」Powered by Ameba-Water city


女であることに抗い続けながら、

女であることを渇望し続けた女性。

自立することを目指しながら、

愛し愛されることに揺れ続けた女性。

Karl Lagerfeldは尊敬するのに、

なぜかぼくがCHANELというブランドをいまひとつ受け入れ切れないのは、

あの香水の名作の名前に冠された潔い数字のように、

無駄な装飾を省き、

機能性という美を追求し、

女性の社会進出をデザインした彼女の哲学が、

いまのCHANEL BRANDのマーケットと逆行しているような気がするからなのかもしれないなぁ。

時代の潮流に乗り、

時代を追い越した矛盾の迷宮を15年もの間彷徨い続けた彼女の苦悩。

愛と自立の狭間で揺れ続けた天才的職人。

その苦悩に苛まれる姿には憧憬の念さえ抱いてしまうよね。

ぼくはいま以上の苦悩はまっぴらごめんだけど・・・

レベル低いなぁ、自分。

まぁ、そんなことを考えさせられる舞台でした。

いや、実に面白くて、深かったですよ。

恐るべきは大地真央さん、

Cocoの幼年期から晩年までを演じ切って魅せてくれたんだけど、

晩年の演技より幼少期の演義の方がしっくりくるくらいチャーミングでした。

翼はなんだかすっかり大人の男を演じていて、

踊っていなくてもカッコよくなってた。

かつて1曲だけ書いたことのある葛山信吾くんも語り部という大役を担っていたし、

個人的に好きな俳優さん升毅さんも渋かった。

それになにより、

謎に満ちた彼女の人生を捉える齋藤雅文さんの脚本の視点にぶれがなくて、

それこそ潔く描き切っていたのが印象的でした。

写真は迷宮からGabrielle CHANELを救い出した、

幾多の天才たちとの出会いの場となったベネチアです。

舞台には出て来なかったけど、

その中にぼくの尊敬する精神分析学者ラカンもいたはずです。

いい舞台や面白い映画を見るとなんだか無性に嫉妬心に駆られるんだよね。

負けちゃらんねぇ。

いつか絶対おれもやったる、ってさ。

それがいつ来るのかは、

まったく未定だけどねー。

昨日はそのCHANELとアラン・デュカスがコラボしたフレンチレストランBEIGE TOKYOに行ってきました。

偶然とはいえ二日続けてCHANEL DAYS、

フランスよりイタリアが好きなぼくには珍しい昨日一昨日でした、とさ。