へへへ、
たまには物書きの端くれだからこんなブログ書いてもよい?

あー、でもまた読者が離れていっちゃうかなぁ・・・まあ、いいや。

例えばさ、

生命の誕生はいつからで、なにをもって死とするのか?

とかさ、

宇宙はどこから来て、どこへ向うのだろう?

とか、ね?

医学(倫理)で考えると受精が生命の誕生で、心肺停止をもって死とするわけじゃない?

人文科学は論理的に実証できないからぼく的には科学じゃないんだけど、まあ会えてこう分けるなら、

愛が生命の起源であり、自己認識が不可能になった時をもって死とする、のかなぁ。

社会科学的に言うと、他とのコミュニケーションが発生した時点で人として生まれ、隔絶された時点で死とする。

なーんか、微妙に違っているようで、妙に同じだと思わない?

ライプニッツの言う予定調和とかさ、
一時代前に広告業界で流行った言葉なんだけど、
これは細かい各々の事象に関して使われる言葉じゃなくて、
もっともっと遥かに大きな意味でこの宇宙がどこから来てここへ向うのかについて説いてるでしょ?

ごめんごめん、
難しい事を語るつもりはないんだ。

要するにわかりやすくいうと、
たとえばぼくの詩では「One love」だったりするわけよ。

それをどうしてみんな難しく考えるのかなぁ、とちょと思ってさ。

自分はNegativeだとかPositive だとかさ、
言葉の使い方自体間違ってるんだよね。

たとえばね、自分がHIVに感染している危険を感じて検査したとしよう。

検査の結果Negative(陰性)だと言われたらみんな落ち込むのかな?
ちゃうよね?Positive(陽性)だといわれたらみんな落ち込むんじゃない。

だからネガティヴとかポジティヴって言葉はどっちがいいことかなんて意味してないんだよ。
それで落ち込んでも意味ないし。
だから自分がどっちなんてことはあんまし口にしない方がいいよ。
するなら自分に都合よく使い分けようぜ。

どんなに素晴らしい理念にしてもさ、
お金と偶像崇拝、生き神様=教祖さまが出てくるとぼくはそれを宗教と判断するようにしてるんだ。
哲学と限りなく近い神学、宗教哲学だけどさ、おれにとっては違うんだよなぁ。

大体神さまは姿を現しちゃいけない、っていうかぼくらを包んでいる宇宙なんだからさ、
認識できちゃおかしいわけよ。

哲学はお金にもならない疑問を果てしもなく繰り返して練り上げられた究極の詭弁なのかもしれない。
でも、それで救われるなら追求してみてもいいと思う。
本代位しかからないわけだから。

すまん、おわかりの通り酔っぱらってます。

ただ言いたいのは、なんだっけ?

そーだ、どれも大して変わらないなら、友よ、金のかからない方を選べ!

と言いたいわけだ。

物事は捉え方次第で裏にも表にもなる。

頑固者は自分の意志をはっきり持っているわけだし、
八方美人はより広い人間関係を構築できるとも言う。

自分の事で落ち込む前に、
自分は前者だと決め付けてたりしない?

ものごとには捉え方が色々あるんだからさ、
そんなに悩むなよ。

わがよき友へ