†永久の死†

†永久の死†

=ホルマリン漬け

Amebaでブログを始めよう!
全然です。

まぁ、いっかな。

それだけ充実してるということです。


急にまたここにやって来たのは、考えがぐるぐる周って全然眠りにつけないからです。

こうもり傘と解剖台とミシン

この意味を今日初めて理解しました。

いえ、本当の意味では理解してないんですけどね、芸術を習った訳でもなんでもないので…

私の、乏しい理解力、もしくは、勝手な解釈

では、「ギャップは美しい」ということです…

全く関連性のないものの差が美しいと感じることもあるのかと…
例えば、森の中で暖かさを求めるならログハウス。ただ、美しさを求めるならコンクリートの、打ちっ放しの建物。ログハウスなんてむしろダサい。

まぁこれ(森の中のログハウスはダサい)はある方の考えです。でも私も同感でした。

そこで私が考えたのは、生と死のギャップ。
絶対的なこの温度差が、美しいと感じる原因なんじゃないかと思ったんです。
私が死骸を見て魅力的に感じるのはそのせいなんじゃないかと…
ただそれだと、死骸じゃなくても、ただの鉄板だとか、そんなものでも「生きてるもの」「生きてないもの」との差があって、魅力的に感じるはず……まぁ、実際は感じないです。というか、周りには物があふれかえっててそんなこといちいち感じれないです。
じゃぁなんで死骸だけなのかと考えると

もともと生きていたもの「死んでしまったもの」だからなのかも。
例えば、ピカソの絵、私はさっぱり理解できません。ごちゃごちゃしてて小学生でも描けそうな…と思ってしまいます。(ジョアン・ミロもよくわかんないなぁ)
だけど、芸術を習った方によると、彼らは(言い方悪いんですけど)ちゃんとしたデッサンもできるし、とてもリアルな絵を描くことも可能、らしいですね
それで、そのような今までの努力やら技術やら、それらをすべてぶち壊すような、そんな作品だからこそ美しく価値がある…らしいですね。

それで私は死体も、そういうことなんだと思いました。
つまり、生きていた過程があるからこそ、意味があるのかと。そのへんの鉄板とは違うんだと。

ただ死体を見たら、その生き物がかつて生きていたことは容易に解るのですが、芸術はその作品だけで、かつてどんな経歴があった人なのかわからないのが、難しいですね。
たぶん、ちゃんとした知識や見方を知ってる人なら容易なんでしょうけど、素人にはわからんです。。。

話を戻して、生と死のギャップですが、
ここにきて
私は目の前にある死体が単純に魅力的に思うだけで、青々とした木と枯れて朽ちかけた木を見たところで、それほど魅力的に感じないのが、疑問に思うんです。
客観的に死をみて、主観的に生を感じることに、なにか意味があると思うんですけど、、、いまいち考えがまとまらなくて
この時間まで眠れないのが現状です。





こうやって文章にしてまとめたわけですし、そろそろ寝ます。
明日はデートですし、美味しいケーキも食べる予定。
死体とかギャップとかもう考え疲れた寝なきゃぁ