2021.5/13
今日もいい天気だ。07:00 宿を出る。
青森港に寄ってみた。青函フェリーの船がみえる。来年は北海道道南ツーリングを予定していて、ここまでバイクで走り、この船に乗るのかとおもうとワクワクする。
陸奥湾に沿ってR280が延々と延びている。陸の奥と書いて"みちのく"と読むのだがここはまさに道の奥である。相撲界に陸奥(みちのく)親方がいるが元大関霧島である。
この人は鹿児島県出身であるが、引退したら本州最北の名になってしまった。想えば遠くへきたもんだ、と親方は思ったことだろう。😂
陸奥湾の向こうには昨日走った下北半島の南端部がみえた。
この日の最高気温は14°cであったが、冬は寒いのだろう、道路も少し荒れ気味である。
まもなく津軽半島最北の竜飛崎に到着。風が強い。
ここから函館までの青函トンネルを掘っていく男たちを描いた映画「海峡」を思い出す。
1982年10月公開、主演高倉健、吉永小百合。
青函トンネルは海底トンネルである。海の下にトンネルを掘るなど想像もできない。この苦難に満ちた仕事をやり遂げる男たちとそれを支える物語だ。この映画の監督は森谷司郎。この人は高倉健を徹底的にしごきまわる。この映画の他にも「八甲田山」、「動乱」などすべて厳しい環境での撮影だ。健さんは生前こんなことを言っていた。「ぼくもハワイあたりでウクレレを弾いてヨットに乗っているような役をやりたかったんです。でもくるのはこんな役ばかりだった。」
しかし健さんがケバケバしいアロハシャツを着たらチンピラにしかみえないだろうなあ。
竜飛崎といえば、もう一人忘れてならない人がいる。🎵上野発の夜行列車おりたときから〜、「津軽海峡冬景色」。歌ったのは石川さそり。
こんなでっかい石碑があって、ボタンを押すと歌まで流れる。
1977年1月発表の曲である。作詞阿久悠、作曲三木たかし。
🎶上野発の夜行列車おりた時から 青森駅は雪の中〜、トコトコと延々とやってきたであろう夜行列車を上野から青森までわずかこれだけの言葉で到着させている。最初に聞いた時は思わず、「やるもんだなあ」、と感心してしまった。
この石碑の前で軽トラにみやげ品を積んで売りに来ていたおばちゃんが一人いたので、あれこれインタビューしようと思った。聞くと、コロナ禍でお客さんはほとんど来ないという。土産品を買うでもなくいろいろ聞く俺がわずらわしくなったのであろうか、写真もとらせてもらえなかった。おばちゃん、ごめん。
竜飛崎をあとに十三湖に向かう。
ここはしじみの養殖が盛んである。酒飲みのおれにとっては、俺の胃の中で養殖してもらいたいなあ、などと真剣におもう。
しじみラーメンである。肝臓にいいかな、と思い大しじみのはいったものを注文。まずくはないがまあまあってとこかな。
東京は駒形橋の近くに「駒形どぜう」がある。どじょう鍋がうまい店だ。この店のどじょうはこの十三湖で養殖されたものだということをふと思い出した。
R339やら県道なにがしかを走って弘前(ひろさき)に向かう。
やがて岩木山がみえてきた。
岩木山のふもとはりんご畑がこれでもかというほど多い。どこに行ってもりんご畑。白い花がいたるところに咲いている。手前に見えるのは菜の花。
美空ひばり、「リンゴ追分」という歌があったな。その中でこんなセリフがあった。「リンゴの花ッコが咲く頃が おら達の一番たのしい季節だなや〜」。この気持ちわかるねえ。雪に閉ざされてやっと春になり陽気がよくなる季節だもんなあ。リンゴ一日一個で医者いらず、という。それほどリンゴは体にいいのである。皆さん、リンゴを食べませう。リンゴを食べると歯から血が出てくる方はすぐに歯医者さんに行きませう。以上厚生労働省からのお知らせでした。
弘前は作家太宰治(だざいおさむ)の出たところである。
この暗い顔、みているだけでこちらの気持ちまで落ち込みそうである。個人的には大嫌いだ。
まあこの人の作品がいいという方もいるだろうけど、俺には合わなかった。「斜陽」を読んだことがある。その中で、若い娘が庭先で、「お母様、今 私がなさっていることがわかる?」と聞く場面があり、何をしているかといえばおしっこをしているのである。庭で若い娘がションベンなんぞしちゃあいかんでしょ。しかも敬語の使い方も誤りがある。
太宰治はその後、愛人の山崎富栄と玉川上水で入水自殺した。38歳だった。
きれいな人だな。髪の毛が多いね。
16:00に宿に到着。今日は比較的のんびりしたツーリングであった。
本日の走行 197km。
明日も天気に恵まれますように。









