先日の佐賀新聞文化センターでの講座で、ヴィスコンティの『ベニスに死す』についてお話した。マーラーの交響曲第5番のアダージェットが全編に使われた名作。この映画を観たアメリカのプロデューサーが、今度の映画の音楽はこのマーラーとかいう作曲家にやらせようと言った愉快なエピソードがある。

 

講座には佐賀新聞社長の中尾清一郎さんも出席していたが、『ベニスに死す』を若い時に観たときには、その意味を受け止めきれなかったという。年齢を重ねるにつれて深まってくる作品はあって、『ベニスに死す』はその一つだろう。

 

交響曲第5番のアダージェットを、マーラーは、妻、アルマへのラブレターとして書いた。それは、同時に、「生きとし生けるものへのレクイエム」でもあった。いつか死ぬからこそ人は愛するのであり、すべての愛にはやがて終わりが訪れる。

 

『ベニスに死す』で、絶世の美少年として衝撃的なデビューを果たしたビョルン・アンドレセンは、ヴィスコンティ監督らによるオーディションで見出された。その時のテスト映像が残っているけれども、この役にはこの人しかいない、と思わせるような神々しさがある。

 

そのビョルン・アンドレセンが、時が流れて、A24配給の「ミッドサマー」に出演している。鑑賞するのに覚悟がいるホラー映画で、私はまだ観ることができていない。かつて『ベニスに死す』で神々しい美しさを見せたその人がどのような演技を見せているのか、こんど心が整った時に観てみようと思う。

 

追記。『ベニスに死す』を観ると、やはりイタリアの貴族だったヴィスコンティがアクセスしていた圧倒的な文化的資源に思いが至ります。ある意味では、ヨーロッパの伝統がヴィスコンティをひとりのエージェントとしてこの映画を撮らせたとさえいえるでしょう。