今日、このあとシラスで「to do listは外につくるな!」をやるけれども、その内容を少しだけ先取りしておくと、なにをやるかという判断、決定には、チャットGPTのようなLarge Language Models (LLMs)と共通の性質がある。すなわち、「次にやるべきことは何か」の判断と推測だ。

 

行為は、当然のことながら、一度にはひとつのことしかできない。発話も行為だけれども、一度にはひとつの単語だから、時系列となる。私たちの日々の行為列は、一つの発話行為であり、その中で意味や物語を紡いでいく。

 

一度には一つのことしかできないのだから、そのことを制約条件に入れると、私たちが日々の生活の中で心がけるべきことは、「次に何をやるべきか」というnext action predictionだということになる。常に次に行うべき行為の推定に専念していれば良い。

 

もっとも、単語を並べてセンテンスができ、センテンスが連なって物語ができるように、「次に何をやるか」というnext action predictionもまた、より長い時間で見た意味の把握や構築が大切になってくる。私たちは人生という頁に、それぞれの行為で物語を紡いでいくのだ。

 

to do listを外部に置くということは、ある意味では、発話行為においてすでに書かれたテクストを暗記して出していくことに近い。それに対して、外に置かない場合は、発話行為が即興になる。そこには自然にその人が表れる。ビリー・アイリッシュが初めて思いついたように歌うのはその精神である。