先日、ニューヨークに飛行機で行く時に見た映画『ケイコ 目を澄ませて』は、素晴らしかった。三宅唱監督で、主人公のケイコを岸井ゆきのさんが演じる。「キネマ旬報」2022年ベスト・テンの1位である。

 

『ケイコ 目を澄ませて』は、小笠原恵子さんの自伝「負けないで!」をもとに、耳が聞こえないボクサーの挑戦を描く。画面の質感がとてもよく、ボクシングジムのプロダクションデザインがすぐれている。同居する弟の恋人の設定など、細かいところに現代的なセンスがある。

 

映画の脚本やディレクションの良さというのは、非常に繊細なバランスの上に成り立っているものだと思う。『ケイコ 目を澄ませて』は、主人公の日常の風景や、周囲のひとたちとの関係、さまざまなエピソードの配列が人間的な愛に満ちていて、しかし細かい齟齬からも逃げず、完全なリアリティがある。

 

映画館で観る日本の実写映画の予告編を見ると、絶望するしかない。幼稚、安易なキャスティング、観客をばかにした低レベルの世界観。そんな中、『ケイコ 目を澄ませて』のような作品が出てきて、しかもキネマ旬報がちゃんと年間一位に選んでいるのは、そこに希望を見出すことができる。

 

日本映画の絶望は、「スター」というキャラ設定で適当なキャスティングが行われること。『ケイコ 目を澄ませて』は、三浦友和さんがジムの会長役で出ていて、その演技が見事にハマっている。あまりにも迫真なので、エンドロールで初めてあの大スターだと気づいた。こういうキャスティングはいい。

 

『ケイコ 目を澄ませて』は、全体としてぼくの今大好きな制作会社、A24から配給されてもおかしくない素晴らしいクオリティの作品である。ケイコがボクシングで対戦した相手と再開するエンディング間際のシーンは、本当に感動的だ。まだ見ていない人は必見です。

 

『ケイコ 目を澄ませて』は、今はストリーミングサービスでも見ることができるようなので、映画が好きな人で、良い日本映画がないとお嘆きの方は、ぜひ見てほしい。ここに日本映画の希望がある。