雑誌「モモト」に掲載された文章です。2020年執筆。
芯が強くてやさしい
茂木健一郎(脳科学者)
沖縄が、その豊かな歴史の流れの中で生み出したものは、ほんとうにたくさんあるように思う。世界に広がって、多くの人のよろこびの源になっているものもある。
先日、東京オリンピックが一年延期になってしまった中で、空手の植草歩選手と対談する機会があった。
空手には、演武で技を見せる「型」と、相手と競う「組手」の二種目がある。植草選手は、「組手」のオリンピック女子61キロ超級の出場が予定されている。
対談の中で、植草選手が通っていた道場の話になった。空手にはさまざまな流派があって、植草選手は「剛柔流」の道場に通っていたのだという。
剛柔流に限らず、空手の主要流派は沖縄にルーツがある。もともと、空手自体が琉球王朝時代の沖縄で育まれ、世界に広がった。
今や空手は地球上でサッカーに次いで競技人口の多いスポーツとも言われ、その精神を世界中の人が学んでいる。
空手では、攻撃ではなく護身に重きが置かれている。相手に直接当てずにやめる「寸止め」がその象徴である。
1984年に公開され世界的な大ヒットとなった映画『ベスト・キッド』では、アメリカを舞台に、攻撃的な教えを伝える「コブラ会」に対して、沖縄出身のミスターミヤギが、強いからこそ他人に対して敬意と思いやりを忘れないという空手の精神を体現し、ダニエル少年を導いていく。
1986年公開の続編『ベスト・キッド2』では、沖縄に渡ったミスターミヤギとダニエル少年をめぐって物語が展開し、「空手」のルーツとしての沖縄の精神がさらに深く描かれる。
第二次大戦の悲劇を通して沖縄と世界が向き合ったことが、空手が世界に広がるきっかけともなった。その後積み重ねてきた七十五年の時間の中で、平和や豊かさの象徴として空手が世界に広がったことは、素晴らしいことである。
心の中に強さを秘めているからこそ、他人に対して思いやり、やさしさを向けることができる。空手で理想とされるこのあり方は、そのまま、沖縄の心であり、戦後七十五年の沖縄の歩みそのものであると感じられる。
殊更にアピールしなくても、みんながその地のことを思う。やさしさ、奥深さに心惹かれる。ふと、また旅したくなる。そんな魅力ある場所として、世界中の多くの人の心の中で沖縄が育ってきているように思う。
私の外国の友人でも、『ベスト・キッド』の中のミスターミヤギの面影を求めて沖縄に旅をしたという人がいる。那覇の町並みや、島のあちらこちらで出会う人のやわらかな表情の中に、芯が強くてやさしい沖縄の心がほの見える。