日本の教育改革についてはこれまでもいろいろと発言してきたところだけれども、今回は、具体的な提案をしたいと思う。


 それは、東京大学の新たなリベラルアーツ・カレッジをつくるということである。ずっと以前からこの構想は持っていて、どこかに書いたり、話したことがあるかもしれない。


 東京大学の中に、新たに、英語で教育、研究をするリベラルアーツ・カレッジをつくる。入試は100%アドミッション・オフィスによるものとし、国内外から学生を募集する。


 専攻は、入学してから学生が決定できるものとし、ブラウン大学で始まった、自分で科目を組み立て、専攻を定義して申請して認められればそれを専攻できる形式にする。たとえば、「物理学と国際関係論」のダブル専攻なども可能にする。


 従来の東京大学の組織、入試と全く違うのは、文一、文二、文三、理一、理二、理三という区分がないことである。つまり、文系、理系の区別がなく、全体がリベラルアーツの専攻となる。また、入試も、従来型のペーパーテストではなく、志願理由書やこれまでの学習、活動履歴を提出し、さらに入念な面接をする欧米型のAO入試となる。


 このような東京大学リベラルアーツ・カレッジを新設するねらいは、これからの時代の学力観、教育観に沿った改革を、現実的に行うためである。


 従来型の入試の限界は常に指摘されるところであるが、ペーパーテストの点数による選抜は低コストであり、人的資源もさほど必要ない。


 これを、すべてAO入試に切り替えようとすると、人的資源が絶対的に不足し、また、選考のノウハウも現状では欠けている。


 そこで、東京大学にリベラルアーツカレッジを比較的少ない定員で(最低100人程度、多くて数百人)新設することで、当初は人的資源の投資や負担も少ないかたちでスタートさせることができる。


 教育内容については、国際的に標準なリベラルアーツ・カレッジのものとすれば良いが、海外からの学生にとっての魅力を増すために、日本の文化に固有の内容も付け加える戦略が考えられる。


 すでに、英語ベースのリベラルアーツ・カレッジは日本国内に存在し、成功を収めている(秋田の国際教養大学、立命館APU、早稲田国際教養学部など)。


 東京大学でリベラルアーツ・カレッジを新設することには、大きなアナウンスメント効果と、波及効果が期待される。


 東京大学(前身の東京帝国大学)は、明治において、日本の国家構築(nation building)の戦略の象徴としてつくられた。


 時代が流れ、日本の教育は新たな国家構築を必要としている。


 知識偏重ではなく、自分の頭で考えて行動するクリティカルシンキングの醸成には、従来型の大学教育では足りない。


 さまざまな批判があるものの、結局は現在においても日本の教育研究機関の象徴的な存在である東京大学が、リベラルアーツカレッジをつくって全面的なAO入試に踏み切ることは、いわゆる「受験文化」に多大なインパクトを与えるものと考えられる。


 ハーバード大学を始めとするアメリカの有力大学の入試は、SATやGPAのスコアでは予測できないものであることはすでに広く知られているところである。


 したがって、ハーバード大学の「偏差値」というものは存在しない。大学の教育、研究内容、卒業生の活躍などによる大学評価、ランキングは存在するが、それ以外には、志願者に対する合格者の割合、及び、合格した人のうち何人が実際に入学するかというretentionなどがアメリカの大学の評価基準となる。


 日本の「偏差値入試」の弊害は常に言われているところであるが、そのいわば象徴的な存在である東京大学が、リベラルアーツカレッジを新設して、偏差値では予想することが不可能な総合的なAO入試をすることで、偏差値入試が根底から相対化されると期待される。


 もっとも、入試の従来型の「本体」は、ペーパーテストのかたちで当分は行われる可能性もあり、「偏差値」の指標もある程度機能し続けるかもしれない。


 その場合でも、東京大学がリベラルアーツ・カレッジという全く別の指標で学生を募集し始めることのインパクトは大きく、そのような流れが次第に他の大学入試にも広がっていくことが期待される。


 何よりも、東京大学リベラルアーツ・カレッジのAO入試の選考のノウハウが蓄積され、人的資源の充実にもつながって、その効果が東京大学の従来の学部、他大学にも広がっていくことも期待される。


 AO入試の運営、ノウハウについては、立ち上げの時にはハーバードのアドミッションオフィスなどからの人材、ノウハウの提供、提携を考えてもいいかもしれない。


 キャンパスは、可能な限り都心にすべきであり、場合によっては、駒場キャンパス、本郷キャンパスの一部を活用する他、従来の学部、学科にまたがったヴァーチャルな形式にしても良いかもしれない。


 東京大学では、すでに、英語による履修だけで卒業できるコースもつくられていると聞いているが、さらに、リベラルアーツ・カレッジとして外からも見えるかたちで独立し、Deanも別に任命して、何よりも入試を目に見えるかたちで別のものにすることが大きな意味を持つと考える。


 副産物として、Times Higher Educationなどの世界大学ランキングの順位の向上も期待できる。


 なお、予算はそれなりにかかるだろうけれども、これからの人工知能、国際化の時代に日本の発展、世界の発展を支える人材を輩出するという視点で考えれば安いものだと思う。


(クオリア日記)