藤倉大さんの新作オペラ『アルマゲドンの夢』の世界初演を新国立劇場で見た。


 これは、大勝利である。


 冒頭、合唱のアカペラで始まる。オペラとしてはきわめて異例なことである。


 最先端の現代書法で書かれたスコア。日本出身でロンドンで活躍する藤倉さんの音楽を聴きながら、私は、日本の庭の枯山水の伝統を思い出していた。龍安寺の石庭のような抽象化された表現の中に宇宙がある。そのところどころに差し色が入る。生命のおもわずはっとする鮮やかな彩りがある。そのコントラストが息を呑むほど美しい。


 一幕のオペラの最後は、少年兵の独唱と、「アーメン」で終わる。その時、私は、すべてが回収され、救済されたように感じた。

 

 新国立劇場のオペラ芸術監督もつとめる大野和士さんの指揮は卓越していた。東京フィルハーモニー交響楽団は、藤倉さんの複雑で豊かなスコアを音にして聴衆に届けるというやりがいのある、しかし難しい仕事を見事にやりとげた。


 合唱はすばらしい成果を上げた。合唱指揮の冨平恭平さんのもと、新国立劇場が培ってきたアンサンブルの成果が大きく花ひらいたと思う。


 プロダクションは特筆すべき卓越さで、現時点での世界の最高水準のものが示されていたと思う。リディア・シュタイアーさんの演出の下、バルバラ・エーネスさんの美術、ウルズラ・クルドナさんの衣装、オラフ・フレーゼさんの照明、そしてクリストファー・コンデクさんの映像が一体となった、息をもつかせぬ興奮の連続がそこにはあった。


 電車の車内と複雑で豊かなスクリーン構成が交互に現れる舞台のリズムは、それ自体が音楽のようで、作品の深い世界に次第に聴衆を引き込んでいった。


 歌手たちもすばらしかった。主役のクーパー役のピータ・タンジッツさん、独裁者ジョンソンを演じたセス・カリコさん、夢の女ベラのジェシカ・アゾーディさん、インスペクターの加納悦子さん、そして冷笑者の望月哲也さん、みなさん一世一代だった。


最後の大切な兵士役を演じたボーイソプラノの方もとても良かった。長峯佑典さん、原田倫太郎さん、関根佳都さんの交代出演。私が見たのは2020年11月18日(水)の舞台でした。


 特筆すべきは藤倉大さんの長年にわたる盟友であるハリーロスさんの脚本で、シンプルな言葉のみを用いたミニマリズムの歌詞は、松尾芭蕉の俳句を思い起こさせ、枯山水の藤倉大さんの音楽と相まって、忘れがたい感動をもたらした。


 新国立劇場は、ワグナーやヴェルディ、プッチーニといったレパートリー作品の上演でもすばらしい成果を上げてきたが、今回のような委嘱の新作を世界初演することで、地球規模の芸術シーンに偉大な貢献ができたと思う。この難しい状況の中で、大成功を収めたことは一つの事件である。


 時節柄、ブラボーを言うことはできなかったが、私を含めた聴衆は、心の中で熱帯雨林の夕暮れの喧騒のような歓声をあげていたと思う。


『アルマゲドンの夢』はあと二回上演が残っているので、ぜひみなさまお出かけください。また、この傑作が再び上演されることを心から祈っています。


 関係者のみなさま、ありがとうございました。そして、おめでとうございます! ブラボー!!


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