ぼくがつくっているコメディのキャラクターで困るのは、時々、真に受ける方がいらっしゃるということだ(笑)
地獄から来た評論家、爾後久蔵や、世直し高校生、出羽野崎守之助は、それぞれほとんどぼくのままだから良い(笑)。
保守の論客、正論権太とか、13代続く礼儀流家元の礼儀真奈、文部科学省の待務母官の学屋進などのキャラクターは、どちらかというとぼくとは異なるご意見をお持ちの方々で(笑)、それらのキャラクターをぼくが演じているというのがコメディの文法なんだけど、たまに、ああ、茂木さんそういう意見なんだ、意外という方がいらっしゃる(笑)。
困ったなあ(笑)。
リベラルのスティーヴ・クーガンが、保守的でマイルドな偏見に満ちたアラン・パートリッジというキャラクターを長年演じていたり、あるいはリッキー・ジャーヴェイスがダサいけど自分がかっこいいと思い込んでいるデイヴィッド・ブレントというキャラクターを演じたりとか、ああいう感じなんだけど、日本の「お笑い」にはあまりそういう文法がないから、無理もないのかもしれない。
ほんとうにささやかな試みだけど、これからもささやかなコメディの実験を続けたい。
何よりも自分が解放されるから。
まだプロフィールに「コメディアン」と書く気にはなれないけれども、「実験コメディアン」くらいだったらいいかな(笑)
(クオリア日記)