1327回


あゆみさん


茂木先生

こんばんは。
中学生のときに、先生の脳とクオリアを(背伸びして)読んでから、ずっとファンです。最近久しぶりに読み返しています。やはり難しく理解しきれないところも多々ありますが、視覚情報以外にも色を感じる共感覚を持っているので、自分の経験ともリンクさせながら楽しく拝読しております。

今日は、教育現場についてご相談させていただきたく、コメントしました。

茂木先生もよくおっしゃっていることですが、中学校の現場では何でもかんでも「前、ならえ」が良しとされ、強要されます。「ピシッとそろえる」「みんなと一緒」が美徳なのです。生徒に対しても、教員のあるべき(とされる)姿もです。
生徒は、椅子の座り方や服装から受験の自己PR作文の文章まで。教員は、指導のスタンスや、文章のフォントまで。窮屈でなりません。強迫観念に苛まれます。

多様性などと口では言いつつ、その実 画一的に管理しやすく都合の良い(でもつまらない)人間を量産する工場としか思えません。

子どもたちとおしゃべりするときは、なるべくいろんなあり方を楽しんで受け入れるスタンスでいます。その方がわたしも嬉しいのです。勉強ができなくても、提出期限が守れなくても、標準服の見本よりもヨレヨレした着方をしていても、一人一人の素敵さにはなんら悪影響はありません。優しくて面白くて楽しい子たちです。

しかし、組織の人間として働く以上、私は注意したくないことでも足並みをそろえて指導?しなければなりません。苦痛です。でも、自分だけ指導?をしないと、極端な話、職務放棄となってしまうそうです。

子どもたちが幸せに生きていくための手助けをしたくて教員になったのに、むしろ窮屈な生き方を提示している自分が情けないです。

子どもたちのために、私には何ができるのでしょうか。

漠然とした話で申し訳ありません。
茂木先生のお考えをお聞かせいただけましたら、大変嬉しく思います。



ハンドル名:みどり
性別:女
年齢:20代前半
職業:中学校教員(音楽科)
都道府県:東京都


ご回答。


『脳とクオリア』、読んでくださってありがとうございます!


日本の学校教育現場で、ぴしっとそろえるとかそういう文化があることの意味は、理解したことがないですし、理解したいとも思いません。


ただ、小さく前にならえとか、ああいうの、今思えばばからしいと思いますが、その中にいると、子どもというものは案外どうでもいいことだと感じるものです。


それよりも、みどり先生の、音楽に対する情熱とか、思いの方が子どもたちにとってはよほど重要だと思います。


前にならえとかくだらないことを押し付けてくるえらいひとたちはのろわれろと思いますが、そういう表面的なことは子どもたちは全く気にしていなくて、みどり先生の音楽に対する愛の方が大切なので、安心して指導されてください!


アメリカのドラマの「グリー」、いいですよね。


前にならえとか、そういうこと全くなしで音楽のよろこびにひたるあの世界はいいと思いますが、日本の前に倣えの世界にも、同じように音楽のよろこびはあると思うのです。

nounandemo
 
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