連続ツイート2570回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、感想です。


英語の学習のやり方だけど、英語を学ぶ、というよりも、英語で、学ぶ、という問題設定の方が絶対に良いと思う。だから、ぼくは、教材は厳選すべきだと思っている。ぼく自身、まだ英語の学習カーブの途中であると思っていて、まだまだ精進したいと考えている。


最近ユーチューブで論文紹介をするジャーナルクラブを始めたけれども、職業上、必須な論文を読むという行為は、英語を学ぶ手段としてはそれだけではあまり面白くない(笑)。論文の英語は、テクニカルなもので、表現のスペクトラムが限られているからである。


ぼくが自分の英語をさらに鍛えるためにこのところ読んでいるのは例えばJames Joyceや、Virginia Woolfあたりの小説で、手に入る散文としては一番高度なものたちだし、自分にはとってもそのように書けない。だから、学習の刺激としては、とても良い。


聴く方では、BBCやCNNのニュースもいいけれども、やはり英語の表現としては幅が狭いし、あまり芸術性もない。むしろ、すぐれたスタンダップ・コメディとか、スポークン・ポエトリーとか、そういうものを聴いた方が英語学習としては良い。


思いだしてみると、やはり『赤毛のアン』の原書をシリーズで全部読んだり、Tolkienの『指輪物語』や『風とともにさりぬ』や『嵐が丘』を原書で読んでいた高校時代あたりから、英語を学ぶならばすぐれた素材で、という感覚は変わらない気がする。


英語を学ぶため、と称して、無味乾燥で陳腐な英語教材に接するのは、ぼくには意味があるとは思えない。ぼくはTOEICの悪口を時々書いて怒られるけれども、やはり、TOEICで扱われている類の英語が英語力を上げる上で良い栄養素だとは、ぼくには全く思えない。


以上、連続ツイート2570回「英語を学ぶんだったら、素材を吟味、厳選しよう」をテーマに6つのツイートをお届けしました。

連続ツイートまとめ.png