沖縄の魂

 

 茂木健一郎(脳科学者)

 

 沖縄に行くようになってしばらくして、自分の中に沖縄本島の「脳内地図」のようなものができた。

 那覇があって、近くに首里城があって、東の方には斎場御嶽がある。斎場御嶽からは、久高島が見える。北の方に行くと、やんばるの森がある。やんばるの森に行く途中に、水族館がある。 

 泊港からは、渡嘉敷や座間味などに行ける。

 きわめて大雑把だけれども、そんなイメージを持っていた。

 沖縄にもかなり慣れ親しんだと思い始めていたある時、車で、偶然コザを通りかかった。

 街に入った瞬間、「風」が吹いたような気がした。そして、私の中の沖縄の脳内地図が一新された。

 私は、コザの街の気配に魅せられてしまったのである。

 最初に目に入ったのは、「コザ・ミュージックタウン」だったではないかと思う。見た瞬間に、「ああ」と思った。どこかで耳にしたことがあったのだろう。どこからか、エイサーの音楽が聞こえてくるような気がした。

 コザの街を歩いた。心が独特の雰囲気に満たされた。

 ゲート通り。基地の前に、国際色豊かな街並みが広がる。

 「チャーリー多幸寿」を見つけて、さっそく入った。ゲート通りで長年営業している名物レストラン。タコスやタコライスを食べながら、コーラを飲んだ。染み込んできた。

 チャーリー多幸寿を出て街を行くと、アメリカの人たちが何人か連れ立って歩いていたり、お店の中で談笑したりしているのが見えた。

 コザには、沖縄の近代の歴史が凝縮されている。その中で、人々が生きてきた。独自の文化が栄えてきた。

 コザの空気は濃い。独特のユニークな雰囲気がある。命が息づいている。

 

 那覇を何度も訪れ、本島を一通り回ったつもりでいた私にとって、コザは、まるでもうひとつの沖縄の「古層」のように感じられた。

 以来、沖縄を訪れる時、時間が許せば那覇だけでなくコザにも泊まるようにしている。

 コザには、志に満ちた若者たちのやっているスペースがあったり、趣向を凝らしたホテルがあったり、起業をする仲間たちの空間があったりなど、新しい動きがたくさんある。

 そんな様子を見ていて、コザの夜の匂いに包まれていると、二度とは戻らない時間の中を懸命に生きてきた沖縄の魂に触れるような思いがあって、私の芯がにじんでくる。

 照屋林助三線店のあるあたりの空気も好きだ。

 沖縄の魂そのものに、私はまだ触れることができないでいるのかもしれないけれども、その周辺を、ふわふわと、一人の旅行者として漂っている。

このエッセイは、雑誌「モモト」のために書かれ、掲載された文章です。

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