沖縄への修学旅行

 

 茂木健一郎(脳科学者)

 

 先日、沖縄県ゆかりのある団体のお誘いで、お話をさせていただいた。沖縄への修学旅行を考えている学校の先生方が集まるイベントで、修学旅行一般の意味、とりわけ沖縄への修学旅行の魅力についてお話したのである。

 その際に知ったのだけれども、例えば都立高校で言えば、なんと40%以上の学校が沖縄への修学旅行を実施しているのだという。時代は確実に変わっている。結構なことだと思う。

 沖縄に修学旅行で行くなんて、私としては羨ましくて仕方がない。私は、中学も高校も、行き先は京都奈良だった。もちろん、古都の魅力も捨てがたいが、多感な年齢の時に、沖縄の自然、ひと、文化、そして歴史に触れることには、大きな意味があると思う。

 よく、学校の先生は、「家に無事に帰るまでが、修学旅行だぞ」と言われる。子どもたちの安全な帰宅を願っての発言だが、私は、さらに、次のようなことを子どもたちに言いたい。

 「修学旅行は、一生続くぞ」と。

 脳の中では、一度経験したことは、その後も育ち続ける。「過去は育てることができる」。中学生、高校生として体験した沖縄は、必ずや、脳に鮮明な記憶として刻み込まれ、年月とともに、少しずつ育って、その人生に豊かな影響を与え続けることだろう。その意味で、沖縄への修学旅行が増えることは、大いに結構なことだと思う。

 旅することのよろこびの一つは、ふだんの生活とは異なる環境に身を置くことで、自分自身を振り返るきっかけを得ることである。脳には、ミラーニューロンと呼ばれる、他人と自分を鏡のように映す神経細胞がある。他者という鏡に映った姿を通して、自分を見つめなおし、客観的に見るかけがえのない機会が生まれる。

 沖縄は、歴史的に見ても、文化的に見ても、とてもユニークで魅力的な土地である。たとえば東京から旅した子どもたちは、沖縄の人、自然、文化、そして歴史に触れることで、自分たちの普段を振り返る大切な気づきを得るだろう。平和の大切さについても、改めて噛みしめることができる。これ以上の学習はない。

 最近では、沖縄の各地での「民泊」や、エコツーリズムなどの新しい修学旅行のかたちも模索されているという。一度沖縄の魅力に目覚めた子どもたちは、ずっと沖縄のことを大切に思ってくれる。沖縄への修学旅行が、これからもますます盛んになり、深く広いものになることを願ってやまない。

このエッセイは、雑誌「モモト」のために書かれ、掲載された文章です。

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