朝起きて、やるべき仕事をずっとしている。

 

 私の場合、朝から晩までフローというのは、単に、そうでないと日常をこなせないのかもしれない。


 その仕事のうち、ネットで可視化されるのはごく一部である。


 ドバイに着いて以来、ジョギングしている人がいないかと移動中などにずっと目をこらしていたが、いない。


 走るという習慣があまりないのなかあ。

 走って、だいじょうぶかなあ。


 仕方がないので、朝ごはんの後、そろりそろり走り始めた。


 よく外の様子がわからないので、まずはホテルの敷地内を、と思って走っていたら、そのホテルがどこまで行っても続いていて、びっくりした。


 ジャメイラビーチというのはホテル群のことで、かなりの巨大なプロジェクトらしい。


 途中、外にも出たけれども、結局、ジェメイラビーチのホテル群を走るだけでも、往復6キロの距離を確保できた。


 驚愕!


 旅ランの一番楽しいところは、どこを走れるのか、走れるとしてもどのように走れるのかを初見で探りながら行くところで、ちょっとした冒険をしている感じになる。


 外を走っていた時、向こうからアメリカの人っぽいランナーが来て、ようやくジョギングしている人に会えた!


 サングラスをしていて、マジで走っている!


 良かったと思ってホテルの敷地を走っていたら、もう一人、向こうから短パンTシャツの青年が来た。


 ぼくみたいにへなちょこな感じのウェアで、仲間だ! と思った。


 UAE政府のアラーさん(女性)から、明日の会場を案内するというのでメールが来て、一緒に会場を回った。


 世界政府サミットという会議には本番には4000人くるらしい。


 すでに、白い例の正装、「カンドゥーラ」を着た人がたくさんホテルのロビーを歩き回っているので、近くに会場があるのかなあ、と思っていたら、なんと、玄関のすぐ向こうだった。


 テントみたいなのがあって、その向こうに建物が見える。


 なんとはなしに、一番最初にTEDに参加した時、あの頃はロングビーチで、テントがあってああここか、と思ったことを思い出した。


 セキュリティを通って、アラーさんについて会場に行き、私がしゃべるDewa Hallというのを教えてもらった。


 これでだいじょうぶだ。


 Dewaというののは何か、と聞いたら、電力会社? か何かの名前らしい。


 ぼくのトークの後に、20分間、あそこでブックサイニングをすると指して教えてくれた。


 心配だな、だいじょうぶかな、誰も来なかったらどうしよう。

 

 アラーさんが、トークの前にもブックサイニングするか、と聞いてきたので、いやいやいいです、後だけでいいです、と答えた(笑)。


 別にトークの準備が必要とかいうわけではなくて(どうせぼくのトークは即興なので)、ブックサイニング自体が恥ずかしい感じなのだ。


 アラーさんにありがとう、と伝えて、会場を出たら、あれれ、どこかわからない。

 どうやら出入り口が二つあったらしい。


 うろうろしていたら、セキュリティの人がいて、思ったより笑顔で、そこの坂を上がればホテルだよ、と教えてくれた。


 それで部屋に戻って仕事を続けていたら、アラーさんからメールが来て、パワポのことで同僚が話したいと言っているという。


 戻ったら、ファラーさん(男性)だった。


 この人とずっとメールでやりとりしていたのだ。

 メディアルームに行って、ファラーさんとパワポを見て、だいじょうぶと言ったら、ファラーさんが親切にホテルまで一緒に来てくれるという。

 ファラーさんと一緒に会場を歩いていると、なんだかとても親しい感じがする。


 ドバイに来て以来、男性同士が、短い距離感で歩いているのを良く見ていて、中には、うわさには聞いていたけど、手をつないで歩いている人たちもいて、こういう距離感のあり方ってなんかいいなあと思う。


 ファラーさんとは手をつながなかったけれど。初対面だし。

 

 プログラムの中に、フランシス法王のメッセージというのがあったけど、とファラーさんに聞いたら、ああ、あれはビデオなんだと言われて、そうか、やっぱりもう帰っていらっしゃるよな、と少しがっかりした。


 ファラーさんは、あのメッセージはとても長くて重要なものだと少し重々しく言った。


 ファラーさんはUAE政府で重要な役割をしているに違いない。

 

 少し街に出てみようと思ってホテルの玄関に行ったら、カオスで、車がいっぱいあって人がいっぱいいる(世界政府サミットのこともあるのかもしれないけど)。


 人がいっぱいいたのは、ヴァレット・パーキングか何かで自分たちの車が来るのを待っているようだ(そうでないと他に解釈のしようがない)。


 それで、タクシーが一台もないから困っていたら、到着したタクシーがあって、そこから降りている間に、近くにいたフランス人ぽい家族連れのお父さんが、「あれ」みたいな感じで指さして、お母さんが子どもの手を引いてみんなでタクシーににじりよっていったので、さすがお父さん、こういうときにリーダーシップと思うとともに、そうか、ああやってタクシーに乗ればいいんだ、とわかった。


 それで、指差しお父さんが立っていたあたりにぼくも立って、「今度はぼくの番だぞ」とどきどきしながら待っていた。


 周囲の人をみると、指差しお父さんの動きに関心がありそうな人はいなく、みんなそのまま立っているので、どうやらヴァレット・パーキングの人たちで、だいじょうぶそうだ。


 こまったのは、みんなカオスで、タクシー待ちはここ、とかいう表示とかもないので、さっきの指差しお父さんが立っていたあたりにいたら、一分もしないうちにタクシーが到着してお客さんが降りたあとに無事乗れた。


 「ゴールドスーク!」と運転手さんに伝えたら、「メインゲートでいいのか?」とか聞いてきたので、何しろ初めていくので、そんなことわからないんだけど、まあいいやと思って、「イエス」と言ったら、走り出した。


 それで、ブルジュ・ハリファを通り過ぎて、まだまだぐんぐん行く。


 「トンネルで行くか、それともなんとかで行くか?」と聞いてきた。


 東京のタクシーさんだったら、「お客さん、どのルートで行きます?」とか聞いてきたりするけど、なにしろ私はドバイが初めてだし、そもそも「ゴールドスーク」に行くということは明らかに観光客なのに、それでも運転手さんは聞いてくる。


 困って、「えーと、えーと、どっちがいいと思う?」と聞いたら、運転手さんが「なんとなんとか、トンネルがいいんじゃないか」とか言うので、「じゃあ、トンネル!」と行ったら、まだまだ車は行く。


 あの「ドバイフレーム」とか言う、額縁みたいな建造物も通り過ぎてもまだ行く。


 あれれ、方向間違ったりしていないか、遠すぎないか、と思ってグーグル先生で調べたりしたんだけど、結局ぐーっとカーブして無事ゴールドスークに着いたのだった。


 それで、昨日はドバイの新市街というか、高層ビルが立ち並ぶ経済中心やブルジュ・ハリファを歩いていたからそういうのには出会わなかったのだけれども、スークを歩いていたら、みんなアグレッシブというか声をかけてくるというか、「コンニチワ」とか「ニーハオ」とか、中には「マイフレンド」とか言って肘を触ってきたり、いちばん効果的かと思われるのは、「エクスキューズミー!」とか声をかけてくる人で、思わずなにか返してしまいそうになるけれども、そうなると面倒そうなので、ただ歩いた。


 最初に紛れ込んだスークは、香辛料が多くて、そこから煙が立っていい匂いがしていて、あれ、こんなところなのかな、とうろうろ裏道を歩いていたら、いつの間にか金ピカのところに来た。

 ここが、ゴールドスークか!


 百聞は一見にしかずというか、本当に金ピカで、日本や他の現代的都市で見る宝飾品のディスプレーとは全く違っていて、金ピカがこれでもか、これでもかと物量作戦で押し寄せてくる感じで、うぁーっと思った。


 それで、そこを、人々が案外目をギラギラさせて歩いていて、さっきの香辛料のスークとは全く違っていて、何しろお客さんが買う気満々で、何かいいものを見つけようと思っているらしく、店員さんの方ももっと余裕をこいているというか待ちの姿勢でいる。


 ちょっとのぞいてみた一つの店で、中国のおじさまが、ものすごい勢いで値切り交渉をしていて、ひとつぶひとつぶがものすごくごっつい喜平

ネックレスみたいなのを(あるいはブレスレット?絶対におじさまが自分でするつもりに見えた)値段が高いとか言っていて、「ちぇええ」みたいにもう行くぞ、というふりをしていて、それに対して店員さんがいろいろ値段を下げて、そこに店主さん(インド系の方に見えた)が加わって、時々凄いことに中国語も交えておじさまを説得していた(業務上、中国語が必要なのだろう)。


 わあ、すごいなあ、噂に聞いていた、バーゲニングというのは、こういうのか、と何か探しているふりをしてチラチラ見ていた。


 それで、おじさんが踵を返して帰るふりをしているのは、交渉術だと思っていたら、やがて本当に帰ってしまった!


 インド人の店主さん、ちょっと呆然としているかと思ったら、そんなに気にせずに平然としている。日常なのだろう。


 それで、ああ、もうゴールドスークで見るべきものは見たなと思って店を出てふらふら歩いた。

 歩きながら、まてよ、さっきの中国人のおじさま、あれであの後店に戻ってどーんと値引きしてもらうつもりなのかもと思ったが、そこまで見届けるのもなんだかなあと思ってすたすた歩いていたら、川べりに来て、人がどーんと降りてくる。


 これがうわさに聞いた渡し船、アブラか、と思って、きょろきょろしたが、チケット売り場みたいなのはどうもない。


 しかも、不思議なことに、アブラが来てお客さんが降りて、そこから乗るのかと思ったらみんな空船でどこかに行ってしまう。


 乗るところはどこなんだろうと思ってきょろきょろしていたら、こんなときに助けになるのは家族連れで、やっぱりお父さんが係員みたいな人にここから乗るのかと聞いていたので、ちゃっかりその家族連れの近くに行った。


 係員の人が、胸に「RTA」というのをつけていて、それが何を表しているのかわからないけど、とにかくオフィシャルで頼りがいのある感じがするからこれでもうだいじょうぶだと思った。


 それで、そのお父さんの家族連れは、一つ前の船が満杯で次の船になったのだけれども、船を見ていると外に向くようにぐるりと座ったひとたちに船頭さんみたいなおじさまが回ってそれでみんなお金を渡していたから、ああ、ああやって払えばいいのか、と思って、手元にあった10デイルハム札(日本円にして約300円)を用意しておいた。


 無事船に乗って、いくらかわからなくて、隣の青年に「いくらか知っている?」と聞いたら、「ワン!」と答えた。


 それで、おじさんに10ディルハムを渡したら、おじさん、一度むむむみたいになって、それからお札を一つとコインを二つくれた。


 それで終わりかと思ったら、他の人のところを回ったあと、また戻ってきて、コインをさらに二つくれた。


 今度から、アブラに乗るときは1ディルハムコインを用意しようと思った。


 船は川を行く。気持ちいい。船が行き交っている。これで1ディルハム(30円)なんて、安い。


 ひょっとしたら、今、ドバイには、二つの経済圏があって一つの方はとても安いのかな、と思い始めたのは、このあたりだ。


 船が着いたところからふらふら歩いたら、またそこもスークで、生地や服ばかり売っている。


 こんなにスークがあって商売になるのかなと心配になる。


 それで、女の人が着ているあの黒い服の生地と思われるのをたくさんならべているエリアがあって、日本から輸入した生地もあるらしく「KOBE」とか書いてある。


 私はしばらく前にチノパンが壊れてそれからずっと黒っぽいズボンをはいている。

 上は一年中かわらないジョブズっぽい黒い丸首の薄いセーターだ。


 それで、ドバイに来て以来、男性は白い例のやつで、女性は黒い服なんだけど、ぼくの上下も、なんとなくそのラインに入っていて、でも、ぼくは黒なんだけど、それは外国の人だからいい、という感じになっていてちょうどフィットしている感じがする。


 ぶらぶら歩いていたら、ドバイ博物館というところに来たけど、街歩きの方がいいかなと思ってそのまま歩いていった。


 そしたら、安売りのスーパーみたいなところに来て、しばらく値札を見たら、ほんとうに安い。

 家族連れが鍋とか食器をたくさん買っていて、ひょっとしたら移民の方で来たばかりなのかなと思ってぼんやり見ていたら、レジで50ディルハム札(約1500円)を出していて、あんなに買ってあれでお釣りが来るのか! と思ったけれども、やっぱりドバイには二つの経済圏があるのかもしれない。


 そのお店の前でぼんやりしていたらちょうどタクシーが来たので、乗ってしまった。


 お昼を食べていないというか食べられていなかったのでお腹がすいて、ジョギング中に目をつけておいたレバノン料理の店に行った。


 ちょうど日暮れの18時過ぎ。


 空いているからしめしめと思ったら、今はドリンクだけで、ごはんは19時からだと言う。


 このあたりにないかと聞いたら、シマーズは知っているかと言われて、さっきビーチで見たと答えたら、あれはシーフードだと言うので、シーフードよりもレバノン料理が良いと言ったら、じゃあ、19時に来いというので、予約して呆然としてビーチに座って、スマホで昼間のぶらぶら動画と旅ラン動画を編集して、あとはぼんやり座っていた。


 そうしたら、これが超ヒットで、周囲が暗くなるにつれて近くや遠くのビルの光がほんとうに綺麗で、おまけに月も出ているし飛行機は行くし波は打ち寄せて、とてもいい感じになった。


 うれしくなって、暗い波打ち際に行って、えいやあこらやあみたいな感じで腕をぶんぶん振り回していたら、やがて周囲は真っ暗になって19時になっていたのであわててお店に行った。


 カラマリのフライと、ケバブを頼んだ。


 おいしかった!


 レバノンのビール一杯と、レバノンの白ワイン一杯を飲んだ。


 となりととなりのそれぞれアメリカ人の方々らしいグループがたくさんお酒を飲んで、楽しそうに大声で話している。


 酔っ払っている我々から見ると、イスラムの方々はずっと何かに集中して考えているようにも見える。


 沈思黙考。


 このあたりになにか鍵がある気がする。


 それと、イスラムの方々はお酒をたしなむ異教徒の方々には地理的に接する歴史だったはずで、異教徒の方々にどうふるまうかという命題は観光客向けにはお酒を提供する現代と変わらずずっとあったはずである。


 部屋に戻って、ミニバーにあった赤ワインを飲みながら地元のテレビをつけたら、馬を走らせている謎の番組があった。


 競馬とかじゃなくて、おじさまが一人ひとり馬の手綱を引いて出てきて、馬といっしょにすばらくアリーナみたいなところで軽快な音楽とともにいっしょに走って(おじさまは普通に小走りなので、馬もそんなに早く走らない)、それが終わったら、審査員みたいなひとがわらわら出てきて、手に持ったボードみたいなもので採点みたいなものを書き込んでいるのである。

 

 そして遠景には、おそらく一番偉い方々だと思うのだけれども、例の白い正装、「カンドゥーラ」を着たおじさまたちがゆったりと座っているのが見える。


 なんじゃ、これは、と思ってネットで調べてみたら、年に一回? くらいある、アラブ馬の品評会? というか入札の会らしい。


 へえ、世の中には自分が知らないことがまだまだたくさんあるんだなあ、と思いながら寝転がった。


 眠りに入りながら、思い出していた。初日にモスクに行ったとき、みんなが同じ方向に礼拝していたけれども、それが海に斜めに行くような向きで、あれれと思ったけれども、よく考えたら地図を見るとドバイのあたりは右上の方に地面が続いていて、メッカの方角は確かに斜めに海に行くのだった。


 ホテルの部屋の隅にも「Qibla」と書いてあって、矢印があって、やはり海に向かって斜めに行っている。


 そして、海岸で腕を振り回しているとき、ちょうどその方向に、夕日が沈んだのだった。


 UAEにいると、メッカは西方にある。


 そんなことを考えているうちに眠っていた。


(クオリア日記)




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