日本人が外国に行った時に、自意識過剰になってしまう原因の一つに、言葉の問題がある。
 日本の文部省選定の素晴らしい英語教育のお蔭で、大抵の日本人は、イギリスに入国したときに、イギリス人の高校生でも知らないようなヴォキャブラリーと、イギリス人の三才児の会話能力を持っている。これは、確かに、パラドキシカルな状況である。何はともあれ、あなたの頭の中でどんなに素晴らしい高尚な単語が渦巻いていても、あなたの口から出てくるのは、三才児のとぎれとぎれの会話なのである。従って、おっちょこちょいのイギリス人が、あなたが三才児程度の知性しか持っていないと判断しても不思議ではない。(逆に、イギリス人の知性をその日本語能力で判断すれば、新生児程度ということになるだろうが!)
 英国生活の達人が、その内面的豊かさに見合うだけの尊敬を勝ち得るためには、何はともあれ英語をある程度「流暢に」喋れることが必要である。この際重要なことは、誰も、あなたに完璧なQueen's Englishを喋ることなど、期待してもいないし、望んでもいないということだ。
 そもそも、イギリス人の過半数は、もともとなまった英語を話す。むしろ、余りにも完璧な英語は、不自然な感じを抱かせる。ちょうど、ミュージカル「マイフェアレディ」で、イライザの話す完璧な英語が、彼女が明らかに「外国人」あることの証拠であったように!
 大切なことは、「流暢に」話すことなのである。「完璧な発音、イントネーション」でゆっくりととぎれとぎれに話すよりも、「耐えられないほどなまっていて」、しかも「流暢に」話す方が、よほど良い。後者の方が、何かエキゾティックではあるが、わくわくするほど魅惑的な知性の存在を感じさせるからである。間違いないことは、「正しい」英語で愚にもつかないことをいうよりは、さりげなく日本語なまりの英語を駆使しながら、人生についての洞察に満ちた言葉を吐く方が、よほど尊敬されるということである。
 そして、できれば、「日本なまりの英語」を、芸術的な点まで高めることができればそれに越したことはない。そもそも、言葉は、「英国生活の達人」がその独創的な知性を示せる、非常に効果的な道具であるからである。そこで、以下に、どうすれば美しい「日本なまりの英語」が話せるかの提案を記そう。
 まず、自分の英語がなまっているということを、認識することである。そして、できれば、相手が理解可能な範囲で、「日本なまり」の英語の特性を強めるとおもしろい。そして、イギリス人に、「日本なまりの英語」を、「アメリカなまりの英語」、「オーストラリアなまりの英語」、「黒人なまりの英語」、「フランスなまりの英語」などとともに、英語のレパートリーの一つとして、認知させると良い。「日本なまりの英語」が、ロンドンのウェスト・エンドの劇の新作に登場するようになれば、大したものである。
 次に効果的なのは、言葉の順番を適当にひっくり返すことである。自分の名前を、「タロー・ヤマダ」ではなく、「ヤマダ・タロー」と言うという基本的事項はもちろん、「アイ・キャット・アム(I cat am)」とか、「アイ・ヒム・ベリーマッチ・ラブ(I him very much love)」などという語順は、日本語の発想からすれば極く当然であり、また、イギリス人にとっても、容易に理解できる「なまり」である。このような「日本なまりの英語」を駆使することは、あなたのイギリス人との会話に彩りを添えてくれるだろう!
 また、英語の会話の間にはさめる効果的な日本語の間投詞を開発するのも一つの重要な手段である。
 フランス人だったら、Ah,  Bon!(ああ、そうね)とか、C'est la vie(それが人生さ)とかいう愚にもつかないような間投詞を入れてもちゃんとイギリス人に通じて、しかも文化的に聞こえるのは、フランス語の間投詞の英語における長い受容の歴史があるからである。そもそも、イギリスの宮廷では、かってフランス語が公用語であったくらいだからである。ドイツ人でさえ、残念ながらフランス人ほど効果的に聞こえないにしても、Ja Wohl(その通り)や、Naturlich(もちろん)といった、やはり愚にもつかない間投詞を持っている。同様に、日本人も英会話の間にはさめて、ちゃんと意味が通じる、効果的な日本語の間投詞を持つべきなのである。もちろん、最初は全く意味が通じないで怪訝な顔をされるだけだろうが、ここは何事も辛抱が大切である。
 ところで、まず手始めに、どのような日本語の間投詞を根付かせればよいだろうか。私は、有力候補として、「Nan-no-koccha? (何のこっちゃ?)」と、「Son-na-Ahona!(そんなアホな!)」を推奨する!
 「日本なまりの英語」を話す一つのメリットは、英国に存在するほとんど馬鹿らしいと言える「言葉による階級の区別」から自由になれることである。チャーミングな「日本なまりの英語」を喋ることによって、あなたは、イギリスの階級社会からは無縁な、真の国際人であることを示すことができるのである。

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(著者注 この原稿は、1995年、最初の英国滞在の際に書いたものです。茂木健一郎)