日本のイメージ

 イギリスのテレビや新聞における日本の報道のされかたには一定のパターンがある。
 第一は、もちろん、経済ニュースである。毎日必ず報道されるのが、東京株式市場における平均株価の上下と、円の対ドル、対ポンド相場である。しかし、奇妙なことには、「旅行者外国為替市場(tourist rate)」の項には、タイやオーストラリアは出ていても、何故か日本の「円」の項はない。どうやら、今日のイギリス人にとって、日本は旅行するには、余りにも遠く、また物価の高い国になっているようである。
 第二には、イギリス人から見て「奇妙」で「おもしろい」日本の社会現象を、おもしろおかしく報道するというものである。例えば、最近では、日本の社会における「セクハラ」の在り方だとか、「過労死」であるとか、あるいは大人も読む日本人の「漫画」の在り方などが、イギリス人の好んだトピックである。そして、「奇妙」で「おもしろい」日本の社会現象にさらにユーモラスな側面が加わると、イギリス人の興味はぐんと増すことになる。例えば、日本のワインを作る農民が、葡萄にモーツアルトを聞かせている(「こうすると、いいワインができるんですよ!」)などという記事が、イギリス人の読者が喜んで読む類の記事なのである。もっとも、イギリスの場合、もともと「おもしろい」ニュースに対する根強い需要があるので、とりたてて日本だけがターゲットにされているわけではない。
 ところで、イギリスにおける日本の報道のされ方は、一昔前のアメリカと同じである。アメリカでも、一昔前までは、経済ニュースや、「奇妙な」社会的現象など、ステレオタイプ的な日本報道が多かった。しかし、今日では、日本人の我々にも納得できるような(しかも、日本人が読んでもおもしろいような)文化潮流の分析や、深い洞察に基づいた政治、経済に関する報道が随分なされるようになっている。それに比べて、イギリスにおける日本の報道のされ方は、まだまだ経済ニュースか、「奇妙な」社会的現象に限られているといえよう。
 このような、イギリスにおける日本報道の偏りの背景には、まず第一には日本とイギリスの間の距離が遠いということがある。しかし、より重要な問題は、イギリス人の「外国」に関する一般的な心理的態度の中にある。イギリス人は、一般的に自分の国の風俗、習慣、そして何よりもその言語が、世界の中で標準的なものであると考えている。従って、イギリス人が「外国」に求めるニュースは、「ノーマル」なイギリスという国に輸入する価値のあるエキゾティックで、「奇妙な」ニュースなのである。極東の経済的に成功した国が、政治制度から見ても世界でも有数のリベラルな国であるというような「退屈」なニュースは、イギリス人が喜んで聞く類のニュースではないのである。
 今日の日本は、イギリス人から見て「普通の」国になりつつあるように思われる。少なくとも、そのような方向こそ、政治家や評論家、文化人が目指そうとしている国家像であるように思われる。従って、日本は次第にイギリス人の「奇妙さ」への好奇心を満たすような国ではなくなってくるであろう。イギリス人が、日本からのニュースに興味を示さなくなる日も、近いのかもしれない! 

 若いイギリス人の間で、一番有名な日本人の名前は何だろうか。私の見るところ、それは、「アキラ」である。「アキラ」の人気は、単に名前が知られているという程度を超えており、一種のカルト現象にさえなっている。例えば、ロンドンの中心、オックスフォード・サーカスにあるビデオ・ショップには、「アキラ」の映画ビデオはもちろん、「アキラ」の雑誌、それに「アキラ」のTシャツまであるのである!
 「アキラ」に限らず、日本の漫画は、若いイギリス人の一部ではカルト的な人気がある。「マンガ(Manga)」と言えば、一般名詞として通用する程である。もっとも、漫画といっても、東南アジアのように、ドラエもんのようなホーム・ドラマに人気があるわけではない。イギリスで人気のある漫画は、SFストーリー漫画である。アメリカのバイオレンス、モンスターを売物にしたコミックに比べて、日本のSFストーリー漫画は、構成、筋立て、絵等全ての面で遥かに優れている。従って、良いものを感受する能力を持つイギリス人が、日本の漫画を好むのは、当然と言えば当然なのである。
 漫画だけではない。「ウルトラマン」などの特撮のTV番組のビデオもしばしば見かける。「ゴジラ」は完全に一般名詞としての知名度を獲得しているし、その他の「怪獣」ものも、若いイギリス人の間で人気がある。
 ケンブリッジにも、「禁止された惑星」(Forbidden Planet)というカルトな名前の店があった。この店に入ってすぐの右手、レジ横の一番目立つ位置には、多彩な「アキラ」グッズが揃えられていた。また、「めぞん一刻」のような日本の漫画を吹き出しの中の台詞だけ英訳したものも、毒々しいアメリカン・コミックとともに売られていた。「禁止された惑星」のような店の中の雰囲気は、どこか日本のコミックマーケットの雰囲気に似ている。つまり、イギリスにも、日本と同じようなオタク族はいるということである。もっとも、もともと国民全員が何かのオタクであるような国だから、この店に来る人々も、一般市民の中で、あまり目立たないのだけれども。
 
 日本の現代文化の中で、世界的に普遍性を持つのは漫画やゲームなどのいわゆる「サブ・カルチャー」だと言われて久しい。イギリスでも、ニンテンドーや、セガのテレビ・ゲーム機の人気は凄まじいものがある。「マリオ」や、「ソニック」は、今や単なるゲームのキャラクターという位置付けを超えて、至るところにそのイメージが溢れる「スーパースター」になりつつある。「マリオ」筆箱や、「ソニック」下敷などの関連商品が多数並んでいるのも日本と全く同じ現象である。よかった、イギリスの子供も、日本の子供と同じなんだと思う瞬間である。
 意外に、このような、テクノポップというか、サイバーというか、このような分野こそ、日本が文化の国際マーケットで通用することのできる貴重なエリアになるかもしれない。(問題なのは、それがあくまでもサブカルチャー(異端!)に位置付けられるということであるが。)

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(著者注 この原稿は、1995年、最初の英国滞在の際に書いたものです。茂木健一郎)