リージェント・パークのぎりぎり鳥

 

 ロンドンという都市の最大の魅力の一つは、その個性ある公園の数々にある。これらの「ロンドンの肺」と呼ばれる広大な緑地は、どちらかといえばくすんだ印象のこの大都市の中に開放的でリラックスできる空間を提供してくれている。

 公園の中で、もっとも格式の高いのが、(とりたてて理由もないが)セント・ジェームス・パーク(St. James Park)である。バッキンガム宮殿の「お膝元」にあるこの公園は、特に特徴はないが、ウェストミンスター寺院や、ビッグ・ベン、トラファルガー・スクエアなどのロンドンの観光名所から至近距離にあり、観光の合間に「ちょっと立ち寄る」には、便利な公園である。いわば、「ロンドン」というデパートの屋上にある公園とでも言えばよいだろうか。

 ロンドンの公園の中でも最大の面積を誇るのが、ハイド・パーク(Hyde Park)である。ハイド・パークの魅力と言えば、何と言っても「蛇池(The Serpentine)」である。この、曲がりくねった細長い池では、ボートを漕ぐこともできるし、水鳥にイギリス人の隠れた国民食=ポテトチップスをあげることもできる。ちなみに、「蛇池」のほとりには、ハイド・パークの「西郷さん」と言える「ピーターパン」の像がある。

 「寅さん」の売り口上が好きでたまらないという人は、ハイド・パークの北東にある「スピーカーズ・コーナー(Speaker's Corner)」に行くと良い。日曜日ともなれば、政治的、宗教的、文化的に様々な立場の人々が、口から泡を飛ばしそうな勢いで世界中のあらゆる問題について論じている。(実際、イギリス人が政治的スピーチをするときの勢いたるや大変なものである。とても、普段は借りてきた猫のように控え目なイギリス人と同じ国民とは思えない。)もっとも、イギリス人が誇り高く「言論の自由」というような大げさなものがそこにあるわけではない。ここから、清教徒革命が始まったという話も聞かない。何れにせよ、「スピーカーズ・コーナー」は、ちょっと変わった人達がおもしろいことを言っているのを聞いて時間を潰すには、格好の場所である。

 ロンドンの北側に位置するリージェント・パーク(Regent's Park)は、犬の散歩の様子を見るには最適の公園である。ここでは、大きな犬から小さな犬まで、飼い主につかず離れず歩き、しかも自分のテリトリーを示すという目的は果たすというイギリスの犬なら誰でも知っている「芸術」を見ることができる。しかも、運がよければ、この公園の北のはずれにあるロンドン動物園から逃げ出してきた虎も見ることができるかもしれない。

 しかし、リージェント・パークでの最高の楽しみは、何と言っても、公園の「ボート池」にかかる橋の上から、様々な種類の水鳥を見ることである。リージェント・パークの「ボート池」は、ハイド・パークの「蛇池」ほど人目にさらされないため、水鳥の種類が多い。何よりも面白いのは、これらの水鳥が、「ボート池」にかかる橋ぎりぎりに低空飛行して行く様子である。それは、なかなか迫力のある光景である。冬の静かな朝など、彼らのはばたきの音も聞こえてくる。その様子は、ちょうど、公園の鳩が人々をぎりぎりにかすめて飛んで行く様に似ている。ひょっとしたら、中には橋にぶつかってしまうおっちょこちょいの鳥もいるのではないかと思うが、私は未だに目撃したことがない。私は、これらの勇敢な鳥たちを、「リージェント・パークのぎりぎり鳥」と呼んでいる。


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(著者注 この原稿は、1995年、最初の英国滞在の際に書いたものです。茂木健一郎)