連続ツイート2154回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、「金継ぎが世界の言葉になりつつあること」について。


「金継ぎ」が世界の言葉になろうとしている。「金継ぎ」に関する英語の本も出版され、メディアでも「金継ぎ」という言葉を見聞きすることが多くなった。日本発のこの言葉、概念が世界を動かそうとしている。


一度、白洲信哉さんと飲んでいたとき、黄瀬戸の杯が落ちて割れてしまった。みんなで探したのだけれども、小さなかけらが一つ見つからなかった。それが、しばらく経ったら、白洲さんが金継ぎして持ってきて、見事に直っていて、むしろ前よりも味わいが増したような気がした。





器が欠けたり、割れたりしても、それをていねいに金継ぎして、大切に使う。そこに、日本人の美意識がある。中国陶器などは、完全な幾何学的美を理想としていて、それが失われるとどうしても価値が下がってしまうけれども、日本では、金継ぎをして、むしろ価値を深めて高める習慣ができた。


「五十三次」という銘の茶碗もあるという。「東海道五十三次」をもじったものだが、五十三のかけらを「呼継ぎ」(異なる茶碗のかけらを集めて金継ぎすること)して、一つの茶碗に仕立てた。ここまで来ると、一つの芸術品だ。


なぜ、世界で「金継ぎ」が注目されているのかと言えば、そこにある世界観、人間観、生命観が心を動かすからだろう。不完全でいい。壊れても、修復すればいい。至らなさを受け入れて、そこに美しさを見い出せばいい。そんな「金継ぎ」の精神が、多くの方に深い気付きと感動を与えている。


以上、連続ツイート2154回、「金継ぎが世界の言葉になりつつあること」について、5つのツイートをお届けしました。


補足。「金継ぎ」は、「侘び寂び」の精神の現れでもある。「侘び」とは不完全なこと。「寂び」とは経年変化によって質が落ちていくこと。そのようなことを受け入れることが、日本人の生命観の真ん中にある。


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