6月8日に投票されるイギリスの総選挙で、テレサ・メイ首相が率いる保守党に対して、ジェレミー・コービン氏が率いる労働党の追い上げが急で、とてもおもしろい。
 メイ首相が急遽総選挙実施を発表した時点では、保守党の圧勝が予想されていた。
 コービン氏は、(首相としては)「不適格」(unelectable)と判断されていた。

 ところが、ここに来て、コービン氏に対する評価が急上昇し、一方メイ首相に対する評価が暴落して、両者が拮抗する事態になっているのである。

 コービン氏は筋金入りのリベラルで、反逆者である。
 イギリスのアフガニスタン、イラク戦争への介入に一環して反対してきた。
 所属政党である労働党の方針に対しても反旗を翻し、国会での投票行動において最も党の方針に反逆した国会議員であるとされている。
 格差の是正を重視し、たとえば大学の学費を無料にすべきだと、劇的な政策を主張してきた。

 コービン氏は、大手メディアから、「不適格」と評価されてきた。

 理由はいくつかある。

 まずは、英国が「敵」とみなしてきた勢力とも、対話を重視してきたこと。このため、保守派からは、敵に通じているとか、軟弱であると批判されてきた。
 もう一つは、英国の核兵器の所持、使用に反対の立場を貫いてきたこと。
 潜水艦発射の核ミサイルシステムであるトライデントの継続についても、反対の立場を貫いてきた。
 しかし、労働党としては、トライデントの継続に賛成することを決めたので、コービン氏は労働党党首として、党の方針に従うと表明している。

 コービン氏は、昨年、労働党内からの反対が起こって、党首選を経験するという危機を迎えた。
 しかし、選挙でも、むしろ支持率を上げて、再び労働党首に選ばれた。

 つまり、コービン氏は、強固な支持基盤を持つと同時に、保守党や、労働党の一部からも「不適格」と見なされるという、人物評価が不安定かつ分断した状況にあったのである。

 コービン氏が、ここに来て評価を急上昇させている背景には、コービン氏の人物が、「左派」や「危険人物」というレッテル貼りを超えて、より広く知られるようになってきたことがある。

 実際、たとえばジャーナリストのジェレミー・パックスマンの「獰猛な」インタビューにおいても、過酷で容赦ないパックスマンの質問に対しても、終始冷静さを失わずに、自分の主張すべきことを伝えつづけた。




(この動画で、ジェレミー・パックスマンは意地悪に見えるが、単にジャーナリストとしての職責を果たしているだけなのである)

BBCの「クエスチョンタイム」においても、「首相になったら、必要ならば核のボタンを押すのか?」という執拗な質問に対して、「粘り強く交渉を続ける」「何百万人もの人を殺すような事態は、何がなんでも避ける」と自分のメッセージを粘り強く伝え続けた。

もし、コービン氏が6月8日の総選挙で勝利し、首相になったら、「人格破壊」(character assassination)を超えて、自分のコアのメッセージを伝えることに成功した政治家として政治史を画することになるだろう。

 コービン氏の支持層は若者が中心で、もし40歳以下だけで総選挙をしたら、コービン氏が首相になるだろうと言われている。
 6月8日の総選挙の鍵は、若い世代がどれくらい投票に向かうかにもかかっているのである。