植田工から、中西夏之先生を偲ぶ文章が送られてきました。

初めて中西夏之先生をお見かけしたのは、東京芸大の入学式の日。中央棟第一講義室という階段教室の一番前方の壇上に居並ぶ教授陣の中で目の前にいる新入生などまったく眼中になく、どこか遠くを見ているような一際険しい表情をして座っていたのが中西先生でした。


60年代に数々の伝説的なイヴェントを起した前衛芸術集団「ハイレッドセンター」のメンバーとして美術の歴史となっている伝説の存在の中西夏之が教授としているというのはどういうことだろうかと感慨深くて不思議な想いが沸いてきます。


新入生の説明会、いったいどんなことをおっしゃるのだろうかと興味津々で教授の挨拶の順番を待ちます。中西先生の番がついに回ってきて話し始めたとたん、モソモソモソモソモソモソーっと聞き取れるか聞き取れないかのような声で、いったい何を言っているのか意味もわかならいことを喋りはじめました。


他の先生が入学おめでとうというところ、中西先生は全然おめでたくもないというようなことをおっしゃっているようでしたが、まったくその話の内容は理解出来ないまま、ポイとお隣の先生にマイクを渡すと、何か言い切ったと言うような感じで、腕を組んで手首をくるくる回しながら宙を見上げてウンウンと頷いていて、まぁそれはそれは衝撃的でした。


在学中、何度か講評会で見て頂く機会がありましたが、唯一ちゃんと見て頂いたのが2年生の時。荒々しく描いた女性のヌードのクロッキーと男性器をしっかりと描いたデッサンをイーゼルに並べていて、ちょうど中西先生が一人でアトリエの中をふらふら見ていたので、先生これどうでしょうか?と話しかけてみました。


中西先生は、じぃーっと絵を睨みつけるように見て、次第に右手でクルクルと円を描き「ザザザザザーッ」っとおっしゃったかと思たら、ビシッ!と左腕を突き出し男性器のデッサンを指差し、「まるで、仏像のようですね」とおっしゃって、口を一文字にウンウンと頷きながらアトリエを出て行ってしまいました。その一挙手一投足、一言一句がまるで一つのアートパフォーマンスのようでした。


中西先生の退官の基調講演でも、先生は難解なことをモソモソモソ話されていたのですが、背中を見ようと思っても背中はいつまでも背中のほうにあって見ることが出来ないんですよ、というようなことをおっしゃっていたことだけが記憶に残っています。


展覧会に行って見る度に、あの有無も言わさない中西先生の存在感と、中西先生の作品の存在感は一緒だなぁと感じます。作品を目の前にして誘われる遠いところへの眼差しは、中西先生が遠くを見ていたあの眼差しなんだろうと感じます。作品の中に中西夏之というアーティストの全てがあるんだろうと思います。


ほんのちょっと擦れ違った一介の学生でしかございませんが、中西先生のご冥福を心よりお祈り致します。


imanishisensei20161024