トムの口調は、すっかり、「トマス・アクィナス」のそれになっていた。
「ぼくが、ドミニコ会に加わろうとした時、家族は反対しました。神の道に入ることを妨げようとして、美しい少女を私のところによこしたのです。少女は私を誘惑しましたが、私は、断りました。」
「へえ、そんなことが、あったんだねえ。」
ジャックも、だんだん、なんだか不思議な気持ちになっている。目の前にいる青年の、実際の人生の物語に耳を傾けているような感覚。
「ええ。今思うと、可哀想なことをしました。聖職者は、異性とかかわるべきではない、というのは、当時の観念です。私は少女の魂を救ってあげることができなかった。」
「君は、もてたんだねえ。」
トムは、わざと厳しい横顔になっている。
その時、半分眠っていたシャーリーが突然起きた。
「もてたことなんて、私はないわよ。」
マツがカウンターのところにやってきて、三人の様子を確認して、また戻っていった。
店の中の空気が変わって、誰かが来た気配がした。ジャックが振り返ると、そこに、ビリーが立っていた。
ビリーは、少し大きな封筒を、手に持っている。
ウェイターがやってきて、ジャックの横の椅子を整えた。
ビリーは座って、サッポロの生ビールを注文した。ジャックは、ビリーがテーブルの上に置いた封筒が、気になりはじめた。