トムは、約束の時間の5分前にやってきた。
少しでも待たされると、次第に鼻のあたりに皺が寄ってくるシャーリーの性格を考えると、ジャックは、指先にまで温かい血が通い始めるような、そんなほっとした気がした。
スタッフたちが、「シャーリーの白い部屋」と呼ぶ、編集長室の前で、ジャックは、トムに、手短に趣旨を説明した。
トムは、ちょっと戸惑いつつも、うなづき、了解している。
トム自身も、「ベイン」という雑誌の存在は知っているし、そのコーナーについてもわかっているらしい。
ただ、トムは、シャーリーの性格については何も知らないから、そのことについて一言あっても良いような気がしたが、「白い部屋」の前では、うまく言えそうもなかった。
「それで……」
部屋に入ってきた二人を一瞥して、シャーリーが発した言葉を、ジャックが継いだ。
「こちらが、トムです。えーと……」
「トム・マックニールです。」
トムの機転のおかげで、まだファミリーネームすら聞いていなかったというジャックの失点が、なんとかカバーされた。
「それで、トム、あなたは神学校を破門になったんですって?」
「ええ、そうです。」
トムの顔に、バツの悪そうな表情が浮かんだ。
「どうして?」
シャーリーは、瞬きもせず、トムの顔を見つめている。
「つまり、それは、奇跡についての私の解釈です。自然神学では、奇跡というものをどう捉えるかが、常に問題になっていて……」
「ありがとう。」
「えっ?」
トムの顔に、戸惑いの表情が表れている。
「ありがとう。」
シャーリーは、もう一度言うと、手元のタブレットに目を落とした。
ジャックは、トムの肘に軽く触れて、それから、一緒に、白い部屋を出た。
その数歩の動きの中に、トムは、シャーリーの二度目の「ありがとう」が、「さようなら」という意味だったということを、理解したようだった。
つづく。