ビートルズの「私の人生」は、次のように歌う。

 私の人生の中で、いろいろと思いだす場所がある。
 すっかり変わってしまったところもあるけど
 もう永久に変わってしまって、悪くなったところもある
 いくつかは消えてしまって、いくつかは残っている。

 それぞれの場所に、最高の瞬間があった。
 恋人や友人たちと過ごした懐かしいひととき
 死んでしまったやつもいれば、元気なやつもいる。
 
 私の人生の中で、私は彼らをみな愛した。

 上の歌詞は、単純といえば単純だ。中年男が、夜更けにウィスキーを飲みながら思わず回顧する人生のコラージュのようなものだ。人生の意味は何かとか、生きる目的は何かとかなどという難しい理屈は抜きにして、

 ああ、あんなこともあった、こんなこともあった

と、過ぎ去ってしまった人生の場面場面を思い出している。
 確かに、「私の人生」の歌詞は、単純だ。だが、ごく普通の人間が、人生について上のような感慨をもらすようになったことの意味は大きい。歌詞の中に、神、天国、地獄、生まれかわりといった言葉が全く出てこないことに注目してほしい。そんなことは当り前だというかもしれない。そう、当り前だが、人間にとって、自分の人生というものが神や天国など関係のない、「現世」的なものになったということが、現代の特徴なのである。現代人にとっては、この「現世」の中での自分の生き様だけが全てで、それに付け加えるものも、そこから引き算されるものも何もないのである。

茂木健一郎著『生きて死ぬ私』 より