脳が飽きるということは、必ずしも悪いことではない。

 それだけの刺激を求めているわけだから、知的好奇心が高く、簡単には満足しないことを意味する。

 

 一方で、飽きた後の対応で良し悪しはわかれる。

 

 一番いいのは、飽きてしまったら、自分で自分の刺激を高めることができる人である。

 

 授業中飽きたら、先生の話を聴きながら、密かに手もとで内職をしたり、他のことを考えながら聞いたりとかする。

 

 空間的に移動したり、ネットで他の動画を見ることができるのならば、さっさとモードチェンジしてしまって、自分への刺激を高める。

 

 いけないのは、飽きた、ということを他人のせいにして、何か面白いことないの~とか、だらだらして怠けている人である。

 世間で「オレ飽きっぽい」という人には、こういうタイプが案外多いように思う。

 

 良い飽きっぽさは、他人任せにしたり、文句を言ったりしない。

 

 自分でたんたんと努力して、面白い世界を維持していく。

 

 だから、そういう人は、「俺飽きっぽい」とそもそも言わないように思う。

 

 飽きたら自分で刺激をつくるだけだから、他人にそういうことを言う必要がないのである。

 

(クオリア日記)