散る桜、残る桜も散る桜...2014.4.3.pm.3:30ごろ in 三次市立保育園
天にならえば煙ったい。地に働けば泥だらけ。天の二本の横棒を引っこ抜き、人に棹をさせば流される。とかく人の世は天地無用。同じことなら法螺を吹け。つまらぬ嘘をつくくらいなら正直者で一生通せ。
満天の桜の下、東のはての春の国、イーストスタンで国際調査団の報告会が開かれた。
東を表すイーストはイースターと語源を同じゅうすることから分かるように、本来は「日の出ずるところ」の意味である。かの国の最高神はアマテラス(天照らす)と呼ばれる
そのものである。その血を引くと考えられる女王「日見子(ヒミコ)」の名は中国の歴史書にも登場する。「春の国」の名の由来にはいくつか説がある。この国では「花」と言えば「さくら」がことのほか好まれた。「桜の国」の意味で「春の国」と呼ばれるようになったというのがその一つ。
また猥画、猥本をかの国では春画、春本と呼ぶ。かの国の人は実際の性的行為よりも、春画・春本を好むことが由来であるとも言われる。
世界に広がりつつある女性の流行り病についての調査を終え、帰国の途上に立ち寄った春の国で最初の報告会には多くの聴衆が詰めかけた。
「花咲か爺さんだ」と聴衆席の大向こうから、かん高い声が上がった。
声の主はどこの馬の骨とも知れぬ少年だったと、ものの本には書いてある。だからといって彼は馬でもなければ、馬の骨でもない。
かつて船医ガリバーがラピュタ島に漂着した帰りに、立ち寄ったのが鎖国時代の「春の国」だった。
旅行記第一篇の「小人の国」と第ニ篇の「巨人の国」は子供にも大人にも大いに読まれたが、第四篇の「馬の国」となると当の馬たちにさえ読まれることはなかった。
両者にはさまれた第三篇に「春の国」が登場する。それで両国の混同が生じ、春の国には言葉を話す馬が住むという誤解が広まったと考えられる。
平和だった春の国を邪悪な馬が支配した。これが中国の史書に現れる日見子の邪馬台国のことであると思われる。
やがて北方から騎馬民族が侵入し、邪馬台国の馬族を乗りこなして建てたのが春の国である。
馬は春に発情期を迎えるから、かの国の者が春画・春本を好むのも納得がいく。
邪馬台国の輝くアマテラス神話が広まり、春の国には神の血を引く黄金の馬が住むという迷信が生まれた。
かくして金馬を狩らんとする、あまたの「遊び人」を東へ向かわせた。
それにともない『花咲か爺さん』説話が生まれた。
むかしむかしゴ―ルドホース・ハンターであった爺さんは、馬を草原から追い出す優れた猟犬を持っていた。シロである。
ついでながら余談を述べると、春の国でシロは白色を意味する。白金が黄金より高価に流通するようになったのは、この時からだと思われる。
猟犬の優秀さをうらやんだハンター仲間にシロは撲殺されてしまった。
爺さんが愛犬の遺体を木の下に埋めると、たちどころに花が咲いた。
その桜も流れ者に伐られてしまい、枝さえ山のふもとで焼かれたという。
爺さんはその灰を撒いて山の桜を咲かせたので、この山は不死、あるいは不二の山と呼ばれるようになった。
しかしこれは金馬を求めて東進したハンターの多くが、背中に桜の刺青をしていたことに由来するという説が有力である。
いずれにせよ幾重にも織りなす再生の物語がこの民話の核である。
春の国には仏教の教えから獣の肉を口にすることが戒められてきた。
ところが馬肉はこの国の人の舌に合ったと見えて、「さくら肉」の符牒で食されたが、黙認された。そのことからなれあいで声をかけるエセ見物客のことも、かの国では今でも「さくら」と呼ぶ。
だから「花咲か爺さんだ」と声をかけた少年が「さくら」、すなわち仕込んだ馬の肉ではなく、馬の骨だったという話は、真実よりもまことしやかに広まった…


しょっちゅう(毎日?)会えなくて寂しいけど同じ三次市ですから、またよろしくお願いします

の中、おなじみのヒヨドリ
の「ひよ君」が「さば缶」
をつつついておりました


は咲いていませんでした
向かいの市立保育所の桜が一本だけ満開ではありませんか
足下のシロクマ
がパンダだった頃を知る者は、この町にもういない

白梅の開花
…梅子さ~ん

ホイホイと違って強力です 
再現映像…
踏んでもうた