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居酒屋なると

なるたけ毎日更新します❄仕事終わりにでもお立ち寄りください

居酒屋なると合格彼女とは一年前にunks の公演で偶然出会いました

                    2012.9.6

 その時の一度きりしか、まだお会いしていません


 演劇に限りない思いを抱いている允子さんは

 わたしのプログのことを知ってくださっていた

   …「みつこ」とお読みするのだろうけど

    メールと手紙でやり取りするだけで

    直接それを確認する機会もまだありませんごめんなさい

  上田桃子    ボク   石塚允子


    彼女に「毎日新聞」の東京版…広島では読めないので…に載った

    「猿股のゆくえの」劇評を読みたいのだが…と漏らしたところコピーではなく

    実物の紙面を送ってくださった …同封のお手紙の中から勝手に引用させていただきます


「…家の近くの図書館でと思いました。あいにく来年の3月まで建てなおしの為、閉館しています。そこで新聞販売店へ行ってきました。

新聞代はいらないと言われましたので いただいてきました。ご安心下さいませ」

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「だいたい私は月に4~5本舞台を観ます。

文学座の芝居を中心にして、座員さんの外部出演、自主公演、そして話題になっている作品を観ます。東京は小劇場から大劇場まで、あらゆる所で芝居を上演しているので 資金さえあれば 好きな作品が観られるという うらやましいような場所です。

だからある面、?してしまうのですね…達筆すぎて読めませんでしたごめん

考えて観劇しないときりがないし、チケット代も大変です(笑)…」


石塚允子さん ありがとう あなたにとって、お芝居を見ることは生活そのものなのでしょう。

芝居を観ることで救われたと感じる時間を体験されたこともあったのでしょう

あなたにとって観劇は呼吸をするようなものなのかもしれません

またあなたの思いに立派に応えてくれた上田桃子さんと俳優さん、スタッフのみなさんに

わたしは感謝します ありがとう

今夜BS日テレで「八日目の蝉」があると、今朝ラテ欄で知った
ヨヨ さんとは会ったことはないけれど、一番大切な人の一人なのだ

2012.6.22 にこの映画を見た感想が書かれている
そこへぼくが付けたコメントへのresを今でも覚えている
CHU resを勝手に引用します

             母はどんなときも 母なんですよ。
             感情が入ってしまい冷静さを見失う
             それ故に 命さえ 惜しいと思わない

             自分の命と引き換えにしても
             自分が壊れてしまうぐらい 母は愛が有るんです
             見失ってしまうぐらい。

             感情をコントロール出来なくて子供を傷つけてしまう・・・・
             私も息子や娘を傷つけてしまった事があります。
             女の性なんでしょうね・・・・・

それ以来、わたしはメッセージなどで断続的に彼女と言葉のやりとりをしている
彼女はひたむきで、勉強熱心で、研ぎ澄まされた感受性をもっている
蕎麦を水だけで食べるという彼女は清流そのもののような人だ
                      …会ったこともないのにこんなことを言ってよいのだろうかショック!
それが母ということなのだろうか …ともにわたしも好物の蕎麦ザルそばを一緒に水で食べてみたい

わたしにはネットだけでやりとしりし、まだ会ったことのないレイ ちゃんという妹のような存在もある 彼女もまた母である わたしは彼女たちの母なるものの力ではじめて生かされている
みんなありがとう
       ぼくがいま一押しの目 上田桃子 さん(文学座)のはじめての外部出演の舞台
  「猿股のゆくえ」 8/23 → 9/1 をご紹介します…ゴルファー女子プロではありません 予約などONEOR8

       稽古風景
$居酒屋なると石塚 允子さんからメールをいただきましたニコニコ
                            上田・なると・石塚 →
 「休憩なしの1時間50分でした。なかなかよくできた芝居で楽しんで観ました。面白かったですよ。客席からずっと笑いがおきていました。家族とは…考えてしまいました。桃子さんは家政婦さん役で芝居の最初から出てきますよ。」

「花キューピット」のCM 最初のエピソード…1分30秒に
        ↓桃子さんが登場しますラブラブ!

                                          「三人姉妹」のイリ―ナ 顔の大きさがガーン
$居酒屋なると
   2012.2.23 2012.9.5 2012.9.6 2013.2.7   unks
イタリア映画『誰も知らない基地のこと』が東京・両国の シアターx
9/3(火) 19:00~ 上映されます ¥1000

=映画HP=
連日、国内のメディアを騒がせている普天間基地移設問題。
だが世界に目をやれば、基地問題は日本だけの問題ではない。
現在、世界の約40カ国に700箇所以上の米軍基地が存在する。
なぜ、戦後60年以上過ぎても基地をなくすことができないのか?

本作は2007年にイタリアで起こった基地拡大への反対運動をきっかけに、
イタリアの若手監督2人がその謎を探る旅に出て制作したドキュメンタリー。
主な取材地はビチェンツァ(イタリア)、ディエゴ・ガルシア(インド洋)、普天間(沖縄)。
基地の騒音や兵士が起こす事故に苦しむ住民と専門家への取材を通じ、
あまりに横暴な米軍と膨らみ続ける軍産複合体の真実を暴いていく。

折しも5月に沖縄返還から40年を迎える日本。
一国の存在意義を揺るがす重要課題でありながら、
国民全員がその実態を把握しているとは言い難い沖縄基地問題。
本作はその入門編としても最適でありすべての日本人が必見の内容だ。

=2人の監督からのメッセージ=
親愛なる日本のみなさんへ

この作品の企画を立てた当初、日本で取材することは考えてもいませんでした。
それが出来上がった作品では、沖縄の撮影部分こそが最も重要なパートとなっていました。
それは私たちが沖縄で目にしたことが、政治的、社会的、そして精神的になによりも衝撃的だったからです。
しかし、それ以上に、沖縄で出会った方々に強く刺激を受けたからでもありました。
彼らの中には、不平等な力関係に直面しながらも、決して希望を捨てない人々がいます。
その姿は、日本人の精神性の高さと心の強さを見せてくれました。
彼らの姿に続こうと、日本の、そして世界の人々がこの映画によって勇気づけられることを願っています。

希望と敬意を込めて
エンリコ・パレンティ&トーマス・ファツィ(監督)

アメリカの基地というかたちは世界の力の歴史を変えてしまいました …力と正義は違います
第二次世界大戦の終結…すなわち東西冷戦の始まりまで占領あるいは属国、かいらい政権の外には
軍事施設が他国に常駐することはありませんでした

アメリカは新しい時代の覇権のテクノロジーを術中に収め超大国にのぼり詰めました
日本もそのひな型の一つになったことを考え、抑圧の歴史に目をやると
  … それは解放のための軍事行動ばかりでは決してありません
わたしは日本人として身が引き裂かれる思いです


=シアターχHP=
現在の社会において「なぜ戦争が必要か」、それで基地はどのような役割をはたしているのか、その諧謔の精神にみちた映像を参考にしながら話し合う。
「松江市教委が故中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を全小中学校に求めている問題で、5人の市教育委員による臨時会議が26日、松江市役所であった。22日の定例会議で結論が出ず、この日改めて検討した結果、「市教委が学校側に閲覧制限を一律に求めたことに問題があった」「子供に見せるか、見せないかは現場に任せるべきだ」との意見が多く、制限を撤回することを全会一致で決めた」…毎日新聞より

                市民の怒りの成果です

現在→9/1(日)まで広島平和記念資料館「はだしのゲン」原画展が開かれています
これと連動して連載40年ということで、やはり→9/1まで
     広島市立図書館、こども図書館、まんが図書館の三か所でも中沢啓治展が開かれています
               ぜひ夏休みの最後に行きましょうビックリマーク

クリップわたしはここでもう一度くり返しておきたいと思います
  これが目を覆いたくなる被爆直後のシーンを子どもに見せるか否かで始まったのではないということです
  アニメや実写版ドラマではカットせざるおえなかった、中国大陸、朝鮮半島で日本が犯した
  残虐行為を知らせるべきではないという陳情から始まったことなのです
  だから動画教材については今回は何も問題になりませんでした …図書にはDVD教材もあるはずです
  中沢さんのオリジナル漫画「はだしのゲン」のすばらしさはまさにここにあります
  被害者としてのみヒロシマを考えたのでは核はなくならない
  作者のそうした熱い思いをくみとることがもっとも大切ではないでしょうか
  それがあたかも被爆シーンを発達期の子どもに見せることの
  教育的判断が問われているように問題がすり替えられてきました わたしは怒っています
$居酒屋なると
1時間21分20~30秒にスタッフ名の「仕上げ」として
中国中国で家庭を持つ大親友田丸雅彦の名が出ています →
                   にひひ
       喜羊羊&灰太郎  四川料理「福星」
       李香香さんからの手紙 田丸雅彦さんからの年賀カード

8月17日の新聞にこんな記事が載りました
一例として「毎日新聞」を引用します
『漫画家の故中沢啓治さんが自らの被爆体験を基に描いた漫画「はだしのゲン」について、「描写が過激だ」として松江市教委が昨年12月、市内の全小中学校に教師の許可なく自由に閲覧できない閉架措置を求め、全校が応じていたことが分かった。児童生徒への貸し出し禁止も要請していた。出版している汐文社(ちょうぶんしゃ)(東京都)によると、学校現場でのこうした措置は聞いたことがないという。
 ゲンは1973年に連載が始まり、87年に第1部が完結。原爆被害を伝える作品として教育現場で広く活用され、約20カ国語に翻訳されている。

 松江市では昨年8月、市民の一部から「間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情が市議会に出された。同12月、不採択とされたが市教委が内容を改めて確認。「旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり女性への性的な乱暴シーンが小中学生には過激」と判断し、その月の校長会でゲンを閉架措置とし、できるだけ貸し出さないよう口頭で求めた。』


わたしは怒りで体がふるえました 子どもたちが見たくないと言い出したわけではありません
見たくなければ見なけりゃいい 子どもだってそのくらいの見識はそなえています

三次は松江と広島のちょうど中間にあります 昨年は中国自動車道の松江線も伸びて行きやすくなりました
途中に「長崎の鐘」の永井博士の故郷である三刀屋があります 1995年 夏① みどりの桜 しっぽもひと役

わたしは広島から外へ出て、たまたま広島の原爆の話をすると
「はだしのゲン」の話になることがよくあります…ぼくなんかよりよっぽと「はだしのゲン」に親しんでいるのです

その反面、仕事で広島にわずか3年赴任したことがあるという方が
「今では広島の人はそんなに原爆にこだわっていない」と断定されたことがあります そういう人もいるでしょう
しかしそうでない人だっているはずです…そうした想像力を持つ人でわたしはありたい

かつてある人が8/6に、子どもの頃に「はだしのゲン」を読んだ思い出をメールでくれました
それ以来、その人はわたしには大切な人です

福島の原発事故があるまでわたしは広島平和記念資料館へ入ることができませんでした
それは展示を見ることが恐かっただけではないのです

小学校のころクラスの後ろの学級文庫にモノクロの原爆写真集がありました
男の子はそれを目をあけて、見ることができるかどうか「肝試し」にして遊んでいたのです
はじめて平和記念資料館を訪れたショックを枕ことばのように滔々と語る友がいます

彼らのように考えさせられるのではなく、わたしは自分の肉体で感じたままを語り
少しでも「平和」を作りだす者になりたい