点滴を打つ血管がもうなくなって、食べることが仕事です
もはや食べて栄養をとるほかなく
これ以上
をするとなると
血管を切り開き24時間点滴薬を注入するほかありません
そんな父の今の流行りは食後に大声で
「かんしょ~く」と叫んで食器を取りに来てもらうことです![]()
みなさん風邪など召されませんように 栄養失調にもどうかお気をつけください![]()
わたしは14日にシアターχ
へ
東京ノーヴィ・レパートリーシアター 月例の「白痴」を見に行きました
そこで
誕生祝いにカップケーキが配られ
はじめて知ったというわけです![]()
ドストエフスキーはわたしがかつて個人全集を買い求めた数少ない作家です
…読んではいませんが![]()
この公演のおかげで、わたしは自分が「白痴」をまったく理解していないことに気がつきました
それから新訳や関連書籍を読みふけっていました
わたしの中ではまだ何も解決できていませんが
心の格闘のあとを少しは記すほうが良かろうと存じます
学生時代にはドストエフスキーの中でも名高い「罪と罰」より
その最後で予言した「白痴イディオット」という小説にわたしは深く共感しました
11月の東京ノ―ヴィ・レパートリーシステムの公演を見て
第一印象でわたしは大いに心を打たれました
ムイシュキンとナスターシャを軸として、「白痴」には二つの三角関係が出てきます
その一翼であるナスターシャとラゴ―ジンの力強いリアルな表現が
長らく読んでいなかったにもかかわらず
わたしのイメージする彼らとぴったりで、これまでにないほど満足でした
ただ中澤佳子の演じたアグラーヤに接して少し違和感を覚えたのです
はっきり言って過剰に幼い印象を受けました
だが見ているうちに、登場人物の中で実際もっとも若い一人であることに気づきました
幼いといってもいい年齢です
彼女の母親との関係を中心に見れば、末娘らしさが一層はっきりします
ところがむしろ子どもと言うべきコ―リャには幼い印象はなく
それ以上にわたしの中で幼いアグラーヤという像が欠落していたようです
中澤のアグラーヤを見ているうちに、これはありかも知れないと
次第に思うようになりました
それで「白痴」の読み直しを始めたわけですが、わたしは「白痴」にあまりに無知でした
ムイシュキンが「イディオット」であるように
中澤のアグラーヤの「幼さ」をどこまでも深くつきつめようとしているように思えます
今は「イノセント無垢」なる言葉が特別な意味を持っていますが
「イディオットばか者」と「幼さ」、そしてナスターシャやラゴ―ジンの「罪深さ」
そうしたキリストが生きた時代には律法への無知なるものとして罪とされてた存在を
ドストエフスキーはあえて取り出してきているかもしれません
その空間を縦横に使って1時間のショーを見せてくれました
に尋ねると確かに