「美しき死の岸に」の悲しい詩文は「花」「南瓜」…と日常への美しいまなざしが続きます
「「花というものが人間の生活に必要だということをつくづく感じるようになった。以前は何だかつまらいものだと思っていたが……」
柩に入れる花を求めて帰る途中、私の友人はふとそんなことを呟いた。
妻の霊前には花が絶やされなかったが、四十九日になるとあちこちから沢山の花を買った。仏壇は花で埋れそうであった。雨気の多い日には障子の開けたてに菊の香が動いた。夜一人で寝ていると、いろんな花のけはいが闇の中にちらついて、何か睡眠を妨げるようであった。花が枯れて行くに随って香りも錆びてゆくのであった。
新しい花を求めてまた花屋に行った。近頃花屋にも花は乏しく、それに値段は驚くほど高くなっている。しかし大輪の黄菊と紅白のカーネーションなど掌に持ち歩いていると、年寄の女など嘆声をあげて珍しがるのである」
そして…
「寝ていて見える半間はんげんの窓に這い登っていた南瓜は、嵐で地面に叩き落とされてしまった。後にはよごれたトタン塀が白々と残されていた。折角あれが見えるのを娯しみにしていたのに、と妻は病床で喞かこった。
木戸の方に這っている南瓜には、しっかりとした実がついた。その実はどのくらいの大きさになったかと妻はよく訊ね、私は寸法を計って病床に報告した。
ある日、信州にいる義弟から南瓜の菰包を送ってきた。開けてみると、稍長目のもの、球形のもの、淡い青に白く斑点の浮出たもの、僧に似た褐色のもの、形も色も珍しく、畳の上に並べてみたが、どう並べてみてもしっくりと落ち着くのであった。
私は家に成っている一つを捥ぎとって、そのほとりに並べた。妻はうれしげにしげしげ眺めていたが、隣の奥さんを呼んで来てくれと云う。やがて隣の細君のの姿が現れると、「いずれ煮いて食べる時には少しずつお頒けしますよ」と妻は晴れ晴れと云うのであった。
‐死ぬる六日前のことであった」
