言葉は葉っぱのように色を変える。
「やばい」は誤用と、いつまでもこだわっている場合ではありません。
「美味しい」ばかりを連呼すると、作った人には「あまりおいしくなかったのか」と思われてしまいます。
言葉には新鮮さも必要。
だから言葉は変わっていく。
漢字の使い方も変わります。
ぼくの学生時代には初めと始めを厳しく区別させられていました。
携帯時代になって、これから漢字もますます変わっていくでしょう。
ぼくの名字は鳴戸ですが、送られる郵便物やメールの多くが鳴門です。
中には古い友だちで、何度指摘しても、相変わらず鳴門で来るものがあります。
どこかにメモリーしてあって、訂正するのが面倒なのでしょう。
下の名も謙祥が正解なのですが、「けんしょう」と入力しても出てきません。
せいぜいが謙称です。
鳴門謙称宛ての
もよくあります。
あと十年もすれば、なし崩しで、ぼくの名は鳴門謙称となるでしょう。
むかしは鳴門の文字は角張って嫌いでした。
しかし最近デジタルカメラを使うようになって気がついた。
人には松葉杖が門みたいで、対称的に見えるのかもしれません。