監督 アブデラマン・シサコ

キダン(イブラヒム・アメド・アカ・ピノ)

サティマ(トゥルゥ・キキ)

2014年/フランス、モーリタニア

 

素朴で、欲のない人たち。平和な暮らしの中に、イスラム過激派が進展し、街を支配していく。静かな街は恐怖政治にさらされていく。原題『TIMBUKTU』は舞台になった街の名前。

 

 

お勧め度

★★★★☆

 

 

 煙草は禁止だ、音楽も禁止だ、女は靴下をはき手袋をしろ。アフリカ マリのティンブクトゥの街で、イスラム過激派の男は拡声器を使って命令する。

 

過激派の銃の的にされた木像

 

 牛が生まれたらイサンにやろう。3人家族の父親キダンは女房サティマと娘トヤにいう。女房は、群れごとやってもいい、という。そうだな、イサンはいい少年だ、と父親は答える。娘も賛成する。イサンは孤児でキダンの8頭の牛の世話をしている。3人の住む家はテントを張っただけのもの。砂丘地帯にあるので風が吹くと砂埃が舞い上がる。

 

イサン          トヤ

 

 水道は通っておらず、ポリタンクで小さな水場に汲みに行く。水を運ぶことを商売にしている者もいる。魚売りの女はイスラム過激派に、手袋をしろ、といわれて反発する。手袋をして魚を洗えというのか、前にはベールを強要された、今度は手袋なのか。そう訴えた女は逮捕される。

 

 父親キダンは女房と娘を家に置いて出かけていく。「可愛い小鳥」と娘のことを呼び、母親はそれを見て微笑んでいる。

 

 川漁師のアマドゥはイサンが世話をしている牛を殺す。牛が網を破ったのだ。イサンが牛たちを川に水を飲ませに行ったところ、一頭が群れから外れて、漁網を張ってある方へ行ってしまい、網を破ってしまった。怒ったアマドゥは牛に槍を投げ、殺したのだった。

 イサンから話を聞いたキダンはアマドゥのところへ行きもみあいになる。そのとき、キダンの持っていた銃が暴発し、アマドゥは死に、キダンは逮捕される。

 

 街中では、音楽を家の中で楽しんでいた者たちが逮捕され、鞭打ちやら投石の刑を受ける。鞭うたれながら女は泣きながら歌を歌い抵抗する。神に呼びかける歌だった。

 

鞭打たれながら歌う女

 

 過激派の兵士は、街の娘を強制的に嫁にする。母親は、抗議する。街の穏健派のムスリムの長が過激派たちを説得しようとするが、過激派たちは自分を正当化して娘を返そうとしない。

 

穏健派の長老

 

 サッカーも禁止なので、サッカーチームは、あたかもボールがあるかように試合をして練習する。エアサッカーだ。

 過激派の支配者たちは、街中を、機関銃をもって巡回し、戒律にそぐわない者がいないか見張り、違反者いると逮捕して連行していく。

 

過激派の巡回車

 

 キダンはぞんざいな裁判のすえ死刑の判決となる。「娘の顔が見たい。妻にも会いたい」心残りはそれだけだ。キダンもムスリムだが過激派の考えとは一線を画している。穏健で親和的な考え方を持っている。テントではこっそりと、楽器を奏で、妻と娘が声を合わせて静かに歌っていた。自分の運命を神の思召しと受け入れ、死を恐れていない様子だ。本来、宗教とはこのような姿を取るのではないか。敬虔なムスリムのキダン。

 死刑執行の場に連れてこられたキダンは落ち着いている。妻と娘のいるテントの方角に向けて頭を地面につけ祈る。そのとき、妻のサティマが刑場に現れる…。悲劇が拡大していく。

 

 

 理不尽な支配に声もなく従う住民、面従腹背の住民もいるが見つかると抵抗のしようがない。自由が奪われていく。

貧しいが平穏な暮らしを営んでいた3人の家族は、ふとした事件から悲劇に巻き込まれていく。

 

 舞台となったティンブクトゥはかつてイスラム教育で栄えた街。16世紀以降は衰退していった。世界遺産のモスクもあり、日干しの土で築き上げられてモスクを見てガウディが影響を受けたという話もある。

 2012年、実際にイスラム過激が街を支配し、住民たちは虐げられた。こんなことが現代に起こっている事実に驚愕した。

 

 

禁じられた歌声 [DVD]